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馬の合わない店長との折り合いについて5( 人見知りの笑顔は半ケツで)

山川さんは三日間のお試し期間を終えました。
本人も、慣れない店内の作業に少し苦労しているようでしたが、飲食店の経験者だけあって、下ごしらえ、盛り付けなどはとてもスピーディでした。

ですが、気になることもありました。
まず、会話を広げる気がないのです。店内では、準備中に有線が流れていて、だいたい上田さんがJ-POPHIT30とかにチャンネルを合わせています。
3代目から乃木坂、セカオワ、ゲス極、サカナクションやドラマ主題歌などが流れていて、上田さんとの会話のきっかけにもなりました。
「この曲のドラマ見た?」「このバンドの名前なに?」など、多分、上田さんはスタッフとコミュニケーションをとりやすくするために、あえてこのチャンネルにしていたんだと思います。
上田さんは山川さんにも同じように聞いていました。
「山川くん、普段どんな音楽聴くの?」
「あぁ、聴かないですね。」
「ドラマとかなに見てる?」
「見てないですね。」
「寺田さんと俺さ、この曲のドラマ見てるんだわ!これいいよね寺田さん!」
「はい!このドラマが今期一番ですね!」
「あぁ…はい。そうなんですね。」
「・・・・。」

広がらない。なぜ塞き止めるのだ山川!

私たちとの会話は三日間ずっとこんな感じでした。
もう一つ、気になったのは、やはり笑顔です。
上田さんはいつも、目がなくなりそうな笑顔を私たちに向けてくれます。忙しいときも必ず、私たちの方を見て、「どうした?」と笑顔で聞いてくれます。なので、私たちは上田さんに、なんでも質問できたし、笑顔で頼まれたら、やはり笑顔で、はい!と従います。
ニコニコというより、微笑みのような。なんでも聞く準備があるよ、と伝わる表情をするのです。
一度、三日間の間に、私が料理をお出しする席を間違えたことがあります。
私は間違えたことに気づいておらず「ターブラ、トレ、クワトロ(テーブル3、4番)に出しました」と報告しました。そのとき、山川さんの目が、今まで以上に鋭く私を捕えました。「あ、私間違えたんだ」と、その視線でわかるくらい、一瞬の怒りが溢れ出ていました。
この人は、ものすごく怒りが充満した職場にいたんじゃないかな。なんとなくそう思いました。

さらにもう一つ言うのであれば、山川さんは掃除などでしゃがんだりした際、必ずと言っていいほど、ズボンが下がってお尻が出ました。
初めて彼に掃除の仕方を教えたとき、目を疑いました。え、割れ目が見えているよ、と。
でも、私は女性だし、初対面です。今彼に伝えるのは、彼にとっては恥ずかしいことではないか。いや、でももし、お客様がなにかこぼしたとき、雑巾で床を拭く態勢になることも考えられる。そうしたら、お客様は見たくもない彼の割れ目を見ることになる。
初日に直面したこの課題を、私は一旦持ち帰り、夫に相談しました。
「新しく入ってきた、社員予定の人が半ケツなんだけど。」
夫はツボに入ったようでしたが、最終的に「店長から伝えてもらったら?」と言うアドバイスをくれました。
翌日、例によって、またしても彼の割れ目が現れたので、私は上田さんにこっそり伝えに行きました。
「上田さん!山川さんのお尻が!」
「おぉ、あれでしょう。あいつ前からそうなんだわ。」
今まで誰も指摘してこなかったことが、逆に山川さんの性格を物語っている気がしました。
上田さんは笑顔で「お前太ってきたんだから、ズボンはベルトで止めとけよー」と言っていました。
その時は「へへへ」と、小さな笑顔が見れました。少し、山川さんが心を開いてくれた気がしました。

結局、彼は三日間ずっと掃除の時は半ケツで、家で仕事の話をすると、夫は「さすがだな、半ケツ山川くん」と彼を呼びました。

本当に社員になるのかな、半ケツ山川くん。その疑問はずっと消えないまま、四月が終わろうとしていたとき、店長は突然私に言いました。

「五月から、お店改装するから。」

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