メシまず配信と呼ばないで!

 大学に入ったタイミングで一人暮らしを始めて一か月が過ぎた。

 新しい生活にも慣れてきたし、家事もこなせていると思う。

 そして、私は一人ぼっちの時間を持て余し始めた。


「ねえ、家で何してる? 杏ちゃん?」

 同じ講義をとっている杏ちゃんに、私は聞いてみた。

「ん? 動画見たり、動画みたり」

「動画ばっかじゃん」

 私がそう言うと、杏ちゃんはむっとした顔で私に言い返した。


「そういう優愛は何してんの?」

「私は……料理?」

「へー、自炊してるんだ。偉いね、優愛。私は実家だから、食事はお母さん任せだよ」

「偉くなんてないよ」

 私は照れて一応そう言った。けど本当は、けっこう料理には自信がある。

「SNSとかに上げないの?」

「うーん、そうだね……」


 家に帰ってから、私は考えた。

 前から配信者ってあこがれてたんだよね。今なら一人暮らしだし、自分で作った料理を動画で流すのも悪くないかもしれない。私はネットで動画配信の始め方を調べた。

 すぐにスマホだけでできる、動画配信の仕方をまとめたブログを見つけることができた。

 私はブログを見ながら、動画サイトのチャンネルを開設した。

「えっと、サイトの名前は……どうしよう? それに自分の顔をネットに出すのは、ちょっと怖いな……」


 部屋を見回すと、机の隅にこの前100均で買った、くまのパペット人形があることに気づいた。

「よし、これを使って動画を撮ろう! サイト名は『美味しい!くまちゃんねる』にしよう!」


 私はチャンネル登録をしてから、くまのパペットを左手にはめてスマホで料理動画を取り始めた。作るのは袋麺を使った、チャーハン。みそ味なのがポイントだ。

「うん、こんなもんかな?」


 動画とは別に、出来上がった料理の写真を撮ってプレビュー画面に設定した。

「いっぱい見てもらえるといいな……」

 私はスマホをホーム画面に切り替えて、机の上に置いた。


***


「おはよう、優愛」

「おはよう、杏ちゃん」

 一般教養の講義で、また杏ちゃんと顔を合わせた。

「あれ? 何見てるの?」

「え? ……別に」

 私はついさっきまで見ていた私の動画、『美味しい! くまちゃんねる』を見られないようにスマホを空いている席に置いた。


「あ、くまちゃんねる、凄いよね! 俺も見たよ!」

 声をかけてきたのは来生爽君。オリエンテーションの時、隣の席だったこともあって、爽君は私に時々声をかけてくれる。

「くまちゃんねる、怖いもの見たさ? で、作ってみたらさ、味は結構良かったんだよ? 驚いたことに! だけど、見た目がグロいんだよね。つーか放送事故レベル?」

 私は思ってもいなかった爽君の言葉に衝撃を受けた。絶対、おいしそうにとれたと思ってたのに……。


 動揺を隠すために、違う動画に切り替えようとして私は驚いた。

「あ、『美味しい! くまちゃんねる作ってみた』って動画がもうあがってる!」

「それ、俺の動画だよ!」

 爽君は屈託のない笑顔でさらりと言った。

「そうなんだ……」


 作られた袋麺チャーハンは、切りそろえられた麺と、野菜の彩りが美しく、私の動画よりも美味しそうに映っている。パクリのくせに。

「くまちゃんねるってさー、犬の飯よりひどくない? わざとやってんのかな? だって、あの盛り付けセンスは……無いわ」

 杏ちゃんの言葉がグサリと刺さる。


「作ってる人は真剣だと思うよ!」

 私がむきになって言い返すと、杏ちゃんと爽君は顔を見合わせてから、笑った。

「ネタだよ」

 杏ちゃんが笑いながら言う。

「優愛はピュアだね」

 爽くんも笑いをこらえている。


「うう……」

 私は『美味しい! くまちゃんねる』を検索して、愕然とした。

(メシマズ配信ってまとめサイトにあげられてる……)

 私は思った以上に別の意味でバズっている自分の動画を見て、複雑な気持ちになった。

(絶対、リベンジしてやるから!)

 一人心に誓ったとき、講義が始まった。


 私の大学生活は、色々といそがしくなりそうだ。

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