君に伝えるよ

【真弓SIDE】

 私は優斗君のことが好き。
 いつもクールで物静かで、ちょっと何考えてるのかわからなくてミステリアス。
 そんな優斗くんが、愛おしくてたまらない。

 今日こそは、この想いを伝えるんだ。

『ずっと前から好きでした。付き合ってください。お返事、お待ちしています』

 内容は、ストレートに分かりやすく書く。あとは口頭で気持ちをぶつけよう。
 恋文を書き終えると、その紙を二つ折りにする。

「……よし」

 意を決した私は、ゆっくりと席を立ち、優斗くんの席に向かって歩いた。


【春也SIDE】

 美月の歯にノリが、べったりとついている。

 もう、ちょっと離れた席に座っていても分かるくらい歯にノリがはりついてる。

 アレはやばい。

 もしや、ツッコミ待ちなのか?
 それとも、本当に気づいていないのか?
 美月は昔から何かと抜けているところがあったが、あそこまで歯の全体に及ぶほどのノリをつけてる日なんてなかった。
 せっかく顔立ちは良いのに、アレでは台無しだ。
 幼馴染のよしみで、教えてやらないと。

 しかし、『歯にノリがついてるよ』では直接的すぎて、美月を傷つけてしまうかもしれない。

『前歯を見ろ』

 と、メモ用紙に書いて二つ折りにする。
 これならば、スマホなり鏡なりで確認して、自分で気付くことができるだろう。
 美月を笑い者にしてやるのは可哀想だし、早速教えてやろう。
 俺は席を立ち、美月の席に向かって歩く。

 どんっ!

「あっ!」
「おおっと!」

 クラスメイトの真弓とぶつかり、手紙が床に落ちる。
 まずい、これを見られては美月のノリがバレてしまうとすぐさま拾いあげる。
 向こうも何か紙を持っていたようだったが、既に拾って握りしめていた。

「ごめん、大丈夫か?」
「うん。ちょっと急いでるから」

 真弓はそう言い捨てると、優斗の席に向かって行った。

「美月」
「?」

 俺の方を振り向いて小首を傾げる美月の机に、そっと紙を差し出す。
 紙を開いた美月は、口元を押さえてこちらを見つめていた。
 良かった、気がついてくれたみたいだな。めでたしめでたしだ。



【美月SIDE】

『ずっと前から好きでした。付き合ってください。お返事、お待ちしています』

 言葉に詰まった。
 まさか春也が……私のことを……!

 ちらりと、春也の方を向く。
 春也と目が合うと、彼はニッと歯を見せて笑っていた。

 確かに私と春也は、ずっと一緒に過ごしたいわゆる幼馴染というやつだ。
 まさか、私に恋愛感情を抱くだなんて……。

 けどダメだ。

 だって、だって私は……。


 未来から春也を殺しにやってきたサイボーグから守るために、やってきた守護者だもの。

 あなたにくっついて行動していたのは、全てあなたを守るためだった。
 これまでも、何度かサイボーグが春也を殺しにやってきたけど、全て春也の目に届かぬところで成敗してきた。
 だから私の正体をまだ、あなたには話せていない。
 まさか、そんな私に、そんな感情を抱くなんて……、
 ああ、私はどうすれば……!



【優斗SIDE】


『前歯を見ろ』

 真弓から渡された奇妙な手紙。

 前歯……これはいったいどういう……

「……まさか!?」

 ちらりと真弓の方を見ると、彼女は顔を赤くして、口を紡いでいた。

 スマートフォンで自分の前歯を見て、確信する。

 やはり、間違いない……!


 俺が……未来からやってきたサイボーグだと気付いている!

 俺の歯は超合金でできており、そこから白いメッキで本物に見せているが、歯の一本だけメッキが剥がれて鉄の部分が露わになっていた。

 まさか、これだけで俺がサイボーグだと勘づくとは……この意味ありげな『前歯を見ろ』というメッセージからも、『お前の正体を知っている』という解釈は十分に可能。

 何を企んでいるのかは知らないが、正体がバレてしまった以上は、消さねばならない。

『放課後、残っていてくれ』とメッセージを書いて真弓に返す。
 彼女はどういうわけか、嬉しそうに頷いていた。この不死身の肉体を破壊する手立てでもあるのだろうか。
 面白い、見せてもらおうじゃないか……ククク。


【真弓SIDE】

『放課後、残っていてくれ』

 優斗くんからのメッセージ。
 時間が経てば経つほど、気持ちがみるみると高揚していく。
 これほど待ち遠しい放課後ははじめてだった。

 HRが終わり、優斗くんは教室に誰もいなくなったことを確認すると、私の前にやってくる。

「真弓……君の考えは、よく分かったよ」

 ふわっと微笑む優斗くんは、上着ポケットに手を入れて、私に近寄る。

「それで、返事は……?」
「あぁ……」

 上着ポケットから出てきたのは、一丁の拳銃だった。

「バレてしまった以上、生かしておくわけにはいかないと言うことだ」
「へ?」

 優斗くんの瞳が、キュイーンと赤く光ったかと思うと、凄い勢いで真横に突き飛ばされる。

「……えっ!?」

 その直後に耳をつんざくばかりの轟音。
 火薬の匂いが鼻につき、優斗くんの拳銃の銃口からは煙が立ち込めていた。

「大丈夫か!?」
「春也くんっ!?」

 私に覆い被さっていたのは、春也くんだった。私を突き飛ばして助けてくれたのは、彼のようだ。

「ククク、まさか本来の『標的(ターゲット)』がノコノコやって来るとは好都合。お前をまず殺すとしよう」

 優斗くんはほくそ笑み、拳銃を春也くんに向ける。
 ガキンッ!と彼の引き金が引かれると同時に、鉄と鉄がぶつかり合う音が教室に響き渡る。

「そうは……させないわ」


【春也SIDE】

「そうは……させないわ」

 優斗に撃たれる寸前、俺の眼前に立ちはだかった美月は、短刀で奴の銃弾を弾き返していた。

「春也……私は……」

 そして、ゆっくりと俺の方を見る。
 その歯には、まだノリがついたままだった。

「まだ、私はあなたの言葉に動揺している」

 何がだよ!
 俺はお前がまだノリを放置していたことに動揺を隠せねぇよ!

「この状況も、まだ分からないと思う」

 いや本当にね。
 なんで優斗が拳銃握りしめて俺と真弓を殺そうとしてるのか、そして美月はなぜそのノリを取らないのか。

「けど、今度ゆっくり話し合いたい」

 ゆっくり話し合わなくていいよ!さっさと取れよそんなもん!

「何をさっきからゴチャゴチャと……特にそこの、歯にノリがついてる女、そこをどk……ぐほぁああっ!!」

 優斗は断末魔のような叫びを上げ、その場に倒れる。
 気がつくと、美月の手には心臓が握られていた。

「サイボーグの肉体は硬い。しかし、体内は人間のものだから心臓さえ掴めればこっちのものなのよ」
「サイ……ボーグ?」
「えぇ、今まで黙っててごめんなさい。私は未来から春也、あなたを守るためにやってきた守護者。そして優斗は、あなたを殺すために未来からやってきたサイボーグだったの。だから、すぐあなたの気持ちに応えられるかは分からない。けど、いつか応えたいと思ってる……って、大丈夫、聞いてる?」

 つらつらと話す彼女の言葉は、まるで耳に入ってこない。
 とりあえず……とりあえずだな。
 まずは直接、君に伝えねばならないことがある。



「前歯を見ろっ!!!」


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