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居場所について


居場所ってなんなんでしょうか。


ここが私の居場所だ!とか、
私にはどこにも居場所がない、とか
よく聞く言葉です。


私もよく使います、居場所、って言葉。


居場所かぁ〜。

私にとって居場所って、

自分はここにいていいのか、とかそういうの何も気にせず、そのまま、本当にそのまま居られる。自分が「居る」だけでそれに意味を持たせてくれる場所


かなぁって思います。今の自分の考えです。


でも、どんな居場所であろうと、全て永遠じゃなくて、
それがいちばん怖いです。

その時の自分にとってどれだけ居場所になってても、その時間はずっと続くわけではない。
その場所、というかその集まりがずっとあるなんてことは無い。


クラス、部活、バイト先、座組

どれも一時的でしかない。さみしい!

私にとって唯一、一時的ではなくて確実な居場所は、家族ですね
あと親戚とか

でもそれでさえ永遠ではなくて、多分、私が生きているうちにどこかではなくなってしまう。形として存在しなくなってしまいます。



やだなぁ〜。どれだけ幸せな場所も、心地よい場所も、いつかは解体されるし消え去る。


でも、たとえ一時期であっても、
大切にしてもらったこと、
愛をもらったこと、
必要とされたこと、

その事実は自分の中にずっとあり続ける。


その時の感覚、空気感、視線、もらった言葉

そういうのが自分を支えていくんだと思います。
少なくとも私はそうだから。


でもやっぱり、今ある居場所に私はめちゃくちゃ支えられている。
勝手にそう思ってるだけかもしれないけど、私がそこにいることを肯定してもらえる気がするから。
前までは、そこにいることを「許してもらえている」って思ってた。でもなんか、ちょっとだけ自分が変わって、そこにいることを「肯定してもらえている」って思えるようになった。そう思えるようになったこともとってもうれしい。

何が出来る、できない、接するメリットがある、ない、とかそういうの関係なく、人間として尊重してもらえること。何かを強いられないこと。それが私にとってはとてつもなく大きくて、幸せで、感謝で、もう言葉で表せる大きさを超えて、感謝している。

私にとって、何かを強いられることはとても苦痛に感じる。

何かを強いられると、その何か、例えば強いられた行動とか、が恐怖になってしまう。

一度恐怖を抱いてしまったもの、こと、人に対して、その気持ちを無くすのは簡単じゃないと思う。


私は何かを強いられるのが苦手です。わがままなのは承知です。
でもこれが不思議なんですが、強いられないと、なんだかやりたくなってくるんです。苦手なことでも、あぁ、苦手だな、頑張りたいな、って思えるようになるんです。


そういう環境っていうことです!
それって幸せ!



居場所について、よく考えます。


例えばだけど、大切な人がいて、その人が自分の居場所だったとする。その人がいなくなってしまったら、自分の居場所はどうなるのだろう。なくなっちゃうんだろうか。
おじいちゃんとお別れしたことをきっかけに、こんなことを考えるようになりました


どうしたら、居場所って思えるもの、こと、人に出会えるんだろう。運?
人との出会いって運だなぁといつも思います。



居場所がないとだめなんだろうか。
私は、どこにも居場所がなかったら生きていけない気がするなぁ。

でもそれってきっと本当に人それぞれで、


1人が好きな人は、自分の中に居場所があるってことなのかなぁ。

なんかそれってすごいかも。私には分からない感覚だけど。



難しい。わかんない。居場所ってなんだ。
感覚的な言葉すぎる


なんだか言葉が散乱してきました
分からない!


いつかこのぐっちゃぐちゃなものがちゃんと言葉にできるように、もっといっぱい経験して、考えて、感じて、言葉を求めていきたいです。


色んな人に出会いたいなぁ。





おわり




今の気分
夏が終わりそうですねぇ。
といってもまだ全然暑いけど!

私は、冬が好きじゃないです。寒いのが嫌い。
冬が来るのが憂うつです。

アイスの新商品開発の活動も鈍くなってきますね、きっと。夏は新しいアイスがいっぱい出るから良いんですよねぇ〜🍨🍨

そういえば、、、
こしあんバー、発売されたんですよ〜知ってました?
あれめちゃくちゃ美味しいです!
和菓子好きにはたまらない‪👍🏻 ̖́-‬

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