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池袋桃色SM娼婦~教えてときめきメモリアル~

ローテーブルの上に広げられた見慣れない紙切れ。茶色の罫線が引かれた記入欄は半分くらい下手くそな文字で既に埋められていた。
左上に並んだ漢字が3文字。婚姻届と呼ばれるそれの実物を見るのは初めてだった。

『美紀だってもう23でしょ?こんな事いつまでも続けられる仕事じゃないんだから。』
26だバカ。ついでにお前が本名だと信じて疑わない美紀という名は中学の頃嫌いだった女の名前だ。
僕は何だか直面している現実にとっても悲しい気持ちになった。

それは40代後半のこの男が、数回指名しただけの20程歳の離れた風俗嬢を相手に、ラブホテルの机の上で婚姻届の記入を迫るという異常な状況にでも、万に一つでも婚姻が成立すると思って区役所から大真面目にこの紙切れを貰ってきた男のIQに対してでもない。
結婚願望など差程ないとは言え、生まれてはじめて目にする婚姻届くらいは好きな人が用意してくれたそれが良かったなぁ。
もしかしたら将来何処かのタイミングで訪れたかもしれないそのチャンスを、本指名料込み2時間たったの2万数千円程度で、このIQの低い男に買われてしまったという事なのか。
チンコを舐めたりマンコを触らせたりする事にはなんら抵抗を示さない僕だけど、今は何だか凄く悲しい気分だ。
『俺しか美紀を幸せにしてあげられないぞ』
IQが20違うと会話が成立しないと聞いた事がある。僕のIQを詳しく調べたことは無いけれど、こいつと僕のIQには20以上の隔たりがあるということだろうか。成程、道理で毎回殴りたくもなるはずだ。

『あたしまだ結婚は考えられないよ?このお仕事だっていきなりは辞めたりなんか出来ないんだからね。そーゆーこと解ってくれない人と結婚なんて出来ないよ』
僕は口を尖らせてソッポを向く。いきなり以外の方法でこの仕事を辞める女の子の方がよっぽど少ないけれどそんな嘘はこの際どうでもいいか。
それでもはじめてあからさまに不機嫌な態度を表す僕に、目の前の男は慌てふためく
『いやっあのっ。その、今すぐにって言うんじゃなくて当然それは。ただ、俺としては、いつでも美紀と一緒になりたいて本気で思ってるって、だからそれを伝えたかったって言うか。俺は、あのっ、全然待つし。だからこれは、これを今日持ってきたのは、美紀に預かっていて欲しいと思って』
ぶん殴りたい衝動を抑えて、そいつの両手を握る
『んもー。急なんだもんビックリしちゃったの!こーゆーのは、もっとオシャレなレストランとか、そーゆーとこで、記念日とか、そーゆー日がいいの。もちろんあたしもこのお仕事を卒業してる状態でだよ?とりあえず今回のはあたしが預かるけど、いつかちゃんとやり直してよねっ。シャワー行こっ』
婚姻届を二つに畳み、鞄に仕舞う。自分の目にもこいつの目にも届いてしまうところに置いて置きたくないと思った。とっとその汚ぇ身体を洗って一発抜いて今日のところはお帰り頂こう。

『出るっ出るよ!』
洗ったところで汚ぇような身体から、もっと汚ぇ精液を飛び散らせて果てる客。
タイマーが鳴るまではまだしばらく時間があったものの、回復を待って2回戦に雪崩込むには絶妙に難しい残り時間。我ながら計算通りの時間じゃないか。正直今日はもう2発抜いてやるつもりはない。
残りの時間で買ってこられてしまったコンビニのロールケーキを2人仲良く食べれば丁度いい頃合だろう。クリームの部分が少なく妙にパサつくスポンジは、子供の頃母親がスーパーで買ってくるスイスロールという洋菓子を彷彿させる味だった。
恐らく中流家庭のおやつとして相応しい価格帯だったのだろうそのロールケーキは頻繁に我が家のテーブルに並んだ。
だがしかし。
こいつの買ってきた安物のケーキのせいで、このタイミングで幼少期を思い出してしまったことは誠に遺憾だ。
僕は再び湧き上がるぶん殴りたい衝動をどうにか抑え、ホテル街の入り口まで見送った客と別れると、先程の婚姻届を丸めてその場に捨てた。

個人情報の保護の観点からも環境美化の観点からも僕の行動はよろしくないと解ってはいたけれど、そうでもしないと、とてもこの後の仕事になんか行けないし、明日の仕事にも行けないし、この先二度と好きでも何でもない男のチンコなんて摘めない気がした。
それにこんなやつの個人情報は保護するに値しないと思うし、今更紙くずが追加で1つ投げられたところでこの街の景観が損なわれるようなことはない。
丸められた婚姻届は風に舞ってクルクルと何処かに転がっていく。
それを見たら、僕の何だか悲しかった気持ちもぶん殴りたかった衝動もクルクルと何処かに転がって、自分の中から消えた。
大丈夫。次の仕事に向かえそうだ。
口にチンコが入ったら、財布に諭吉が入る。それだけのことだ。深く考えちゃいけない。
僕は踵を返して次の客が待つホテルへ向かった。

クリスマスにプレゼントされたプレイステーション3。僕の家にある据え置き型ゲーム機は今のところこれ一台だ。
プレイステーション3の良い点は、旧型のプレイステーションシリーズの一部のソフトもプレイ出来るという点だ。これで前々からやりたかったゲームをようやくプレイ出来る。
中古ショップで買ってきたそのゲームソフトは僕が高校生の頃に発売されたものだ。ジャケットにはアニメタッチのイラストでピンクの髪の女の子が描かれている。【ときめきメモリアル2】というそのゲームは、後にゲームアーカイブスが配信される程、シリーズとして爆発的な人気を誇る恋愛シュミレーションゲームだ。

『せっかくPS3あんのに、何でそんな古いゲーム買ってきたの?ってか、これオタクがやるゲームだよな?』
取扱説明書をパラパラ捲るナガセはなんだか不思議そうだ。オタクがやる、という偏見の是非はあれど、言いたいことは解らないでもない。
『あ…解ったアレだろ。客が好きなゲームを共通の趣味…ってことにして、話し合わせてやるつもりだ?』
ナガセの推理は半分だけ当たっていて、半分外れている。
一人一人にときメモファンなのか否かを尋ねて回ったことはないけれど、恋愛シュミレーションゲームに出てくるような女の子が好き、というタイプの男性が僕の客層であってターゲット層である。
故に僕は、ときメモをプレイする事で、彼らの思う理想の女の子を勉強する事が出来ると踏んだのだ。
KONAMIが社運を賭けて開発した大人気シリーズのゲームに出てくるキャラクターたちは、そこいらの赤文字ファッション誌のモテ系ファッションなんて特集より余程参考になった。

もちろん僕を指名する人皆が皆、ときメモ層だったのかというと、当然そういう訳でもない。
『どうせ金払って抜くんなら、せっかくだからコイツかな』
そんなスタンスで、恋人や配偶者やセックスフレンドにはちょっと頼み難いアブノーマル寄りなプレイを楽しみたい時にだけやってきてサクッと遊ぶ。
ライトに緩く長く指名をしてくれる人が僕にも少なからず居ないこともないのだけれど、彼らは要するに性欲解消のタイミングでしか、やって来ないので来店頻度は不定期だし、抜きたいタイミングで僕が出勤していなかったり予約で埋まってしまっているとアッサリと他の女の子や他の店に流れてしまう。
勿論そういうライトなスタンスの客層を複数抱えていれば、それでも十分な収入に繋がるはずだけれども、そうあるには、客観的に見て生憎僕のルックスは今ひとつ欠けていた。

反面、自分自身に自信が無く、非社交的で女性経験に乏しく夢も趣味も特にない。仕事と家を往復するだけの社会的弱者と形容されてしまうような男性陣から
『この程度の女だったら俺でも落とせる』
と思わせるのに、大変丁度いいレベルのルックスをしているのが、何を隠そうこの僕だと自負している。
低身長も、その規格にそぐわないサイズ感の乳も、頭の悪そうな声も、ハイスペック過ぎる女子を前に勝手に劣等感を感じてしまう男性に『無難なところでこいつで手を打つか』と思わせるにはどれもこれも実に相応しかった。
グラビアアイドルをやらせてみても、ライブアイドルをやらせてみても、いまひとつ冴えない僕ではあったが、だからこそ、ほんのちょこっと頭を使って、相手がなんだかいい気分になるように、言葉巧みに態度巧みに懐柔すれば、ある一定の層から身分不相応な高収入を得ることができる。
尤も高収入を得る事で、何かしら失うものはあったのかもしれないけれど。

僕にとってこの世界で働くことは全てRPGゲームだ。モンスターを倒して経験値を積むとレベルが上がる。モンスターを倒せば現金というゴールドを稼げて、稼いだゴールドでPARCOに売っているモンスター好みの可愛らしい服やら下着やらの装備を揃える。
下手なテクニックを駆使されるよりもずっと身体的負担の少ないバイブやローターは言わば防具だ。防具もドンキやフロントで揃えることが出来る。
時々強烈なモンスターが婚姻届なんていうメガンテを仕掛けてきて、HPを大きく削られてしまう事もあるけれど、ときメモという攻略本をプレイすれば徐々に倒すことが出来る。

『なんだかんだスゲェよ、───は』
ナガセの手がポンと僕の頭に乗せられてそのままクシャッと撫でられた
『あたしの顔を今すぐエビちゃんと取り替えてくれたら、色恋営業なんかしなくっても稼げんのにね』
『なんでエビちゃんの顔面になっても風俗で働く選択肢なんだよ』
ナガセと僕は2人で笑った。
恋人か友人か、関係性は未だ解らないけれど、僕の頭を撫でられる距離にナガセがいてくれて、それを当たり前のこととして受容出来る距離に僕が居られれば、一先ず今、僕はシアワセだ。


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