見出し画像

すごいお金持ちの幸せな最期

ギターの先生をやっていたころ、とある経緯で、主人が(主人もギターの先生です)とても裕福なご老人のレッスンを担当し、しかもとても可愛がっていただき、何回かお食事に連れて行ってくれました。

びっくりしたのは、80代というのに、その方の学ぶ意欲。まだまだいろいろ習って勉強したいと思っているようでした。

そして、いよいよ身体が衰え、入院となった時、もっとびっくりしました。

お見舞いに来てくれる人1人1人に、弱ったその身体で、

ありがとう、ありがとう、ありがとう

と、何回もおっしゃるのでした。

奥様曰く、最期の前日までその感謝の言葉を絶やさなかったそうです。

そして、最期のお別れのお通夜への参列。

集まる人の多さと、その会の明るさに私は驚きました。仕事に捧げた人生と、それを支えた奥様と、感謝の言葉で溢れた最期。そしてその方を慕う人の多さ。

芸能人の方のお別れの会をよくテレビで見ますが、もちろん参列もしたことはありませんが、またそれとはまるで違った雰囲気で。

ああ、こんな最期って本当幸せだなぁ。

と、若い頃の私は思ったのでした。

裕福で幸せで最期を迎えたのではなくて、
ご自身の努力や感謝の気持ちや言葉が人やお金を集めて、幸せに旅立たれていかれたんだなと。

急性期の長い夢の中で(不思議な病気の話参照笑)
沢山の人の最期をみました。
これが本当の最期なのか私の幻覚だけなのか分かりませんが、沢山の人が一瞬にして、大きな衝撃と共にいくつかの階級に分けられるものでした。

本当に最期に人の魂が、いくつかの階級に分けられることがあるとするなら、

決してお金のあるなしではなく、どれだけ感謝の気持ちをもって幸せに誠実に生きられたか

じゃないのかなと、勝手に、思っています。

長々とすいません。

最後まで読んでいただきありがとうございました😊

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?