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魔獣の狩人

人物表

シーザー=シュナイザー(22)狩人
ダグラス=グレイブス(35)狩人
ゴードン=ドルトン(50)バーの店主
ジェシカ=ブランカ(24)バーの店員
エイミー(16)

本文

○ルナリェナマウンテン
雪が残る山の中、猟銃を持ったシーザー=シュナイザー(26)とダグラス=グレイブス(35)が林の中で隠れるように座っている。シーザーは金髪で頭に白いバンダナを巻いている。ダグラスは無精髭を生やして、左頬には傷跡が残っている。シーザーはスコープを覗き込む。銃口の先には三匹の魔獣がいる。魔獣は狼のような見た目で、銀色の体毛に包まれ、四本の足の爪は水晶のように綺麗に輝いている。
ダグラス「シーザー、お前は死に方を決めているか?」
シーザーはダグラスを無視してスコープを覗き込み、魔獣に照準を合わせる。
ダグラス「……死は必ず訪れるというのにいつ訪れるか分かんねぇんだ。だから……」
シーザーが猟銃の引き金を引く。ダグラスの言葉が遮られる。猟銃から放たれた銃弾は一匹の魔獣の左前足に当たる。銃声が辺りに響き、魔獣たちは一目散に逃げる。撃たれた魔獣も足を引きずって逃げる。
シーザー「どうでもいい話するなよ! 殺せなかっただろ!」
ダグラス「どうでもよくはないぞ。俺らは魔獣に死を与える死神なんだ。テメェの死に方が決まってなきゃ覚悟も決まんないぜ」
ダグラスが猟銃を構え、引き金を引く。放たれた弾丸は逃げていた魔獣の頭部を撃ち抜く。魔獣はその場で倒れる。
ダグラス「さ、飲みに行くぞシーザー。これも理想の死のためだ」

○BARリクオーレ(夕)
無骨な雰囲気で人気のない店内。鹿の頭部の剥製が壁に飾られている。カウンター席の椅子は動物の毛皮で作られている。カウンターの内側にはバーテンダーの格好をしたゴードン=ドルトン(50)が立っている。ゴードンは髭を蓄えており、丸眼鏡をかけている。店内にシーザーと、一匹の魔獣の死体を持ったダグラスが入ってくる。
ゴードン「おぉ、やってくれたか」
ダグラス「三匹いたんだけどな。コイツが親だ。ガキの二匹はシーザーが下手くそなせいで逃がしちまった」
シーザー「ダグラスが邪魔したからだ!」
ゴードン「無傷で返したのか?」
シーザー「いや、足に一発入れたけど……」
ゴードン「なら構わん。経験上、手負で親も亡くしたガキなら早いうちに死ぬさ」
ダグラス「で、コイツはどうする?」
ダグラスは持っている死体を掲げる。
ゴードン「その辺に置いといてくれ。クリスタルウルフの剥製はまだ作ったことがない」
ダグラスは魔獣の死体を床に置く。
ゴードン「座れよ。飲むんだろ」
ダグラス「頼むよ。ラムがいい」
シーザーとダグラスがカウンター席に座る。ダグラスが着けていた皮の手袋を外す。左手の薬指に指輪がある。
ゴードン「シーザーはココアでいいか?」
シーザー「バカにするな! 同じのでいい!」
ゴードン「ハハッ、はいはい」
ゴードンが二つのグラスに氷を入れ酒を注ぎ、二人の前に出す。ダグラスはグラスを持って酒を少し飲む。
ゴードン「しかし、立派なのを仕留めたな」
ダグラス「チョロかったさ。賢そうに見えても所詮畜生だ。俺からは逃げられない」
ゴードン「そのガキも殺せなかったんだろ?」
ゴードンはニヤニヤしながらシーザーを見る。
シーザー「ダグラスに邪魔されたんだよ!」
ダグラス「邪魔してないよ! 狩人としての在り方を説いたんだ。ありがたいだろう?」
シーザー「死に方の話がか?」
ゴードン「またその話をしてるのか……」
シーザー「そんなにこの話してるのか?」
ゴードン「あぁ、昔からな。ロマンチストだからカッコいいと思ってんだよ」
ダグラス「バカにするなよゴードン。狩人には必要な覚悟なんだよ」
シーザーはフッと笑う。
ゴードン「覚悟だ、とか、カッコつけたこと言ってるけど、コイツの理想の死に方聞いたか? ふざけるなって思うぜ?」
シーザー「なんだよ。聞かせてくれよ」
シーザーが笑いながら聞く。ダグラスは照れたように笑う。
ダグラス「まぁ、俺の理想は……」

○ハムレット墓地公園(夕)
曇天の下、薄暗い墓場に猟銃を二つ持ったシーザーが、感情を押し殺した表情で墓石の前に立っている。墓には『ダグラス=グレイブス』と刻まれている。シーザーは墓の前でしゃがみ込み、懐からラム酒の瓶を取り出す。墓の前にラム酒の瓶と年季が入った猟銃を置く。
シーザー「……指輪、見つかるといいな」

○BARリクオーレ(夜)
薄暗い店内、カウンターの内側にはジェシカ=ブランカ(24)がバーテンダーの格好をして立っている。カウンターの奥の席には白いワイシャツを着たエイミー(16)が座っている。店の奥には、ダグラスが殺した魔獣の剥製が飾られており、エイミーはそれをじっと見ている。店内に無表情のままのシーザーが入ってくる。
シーザー「……あれ、ゴードンは?」
ジェシカ「休みです。休肝日だそうです」
シーザー「そうか……」
シーザーがカウンター席に座る。
シーザー「ラムをもらえるか」
ジェシカ「どのようにして?」
シーザー「えっ? あぁ、ロックで」
ジェシカ「かしこまりました」
ジェシカがグラスを手に取り、酒の準備をする。シーザーはゆっくりと頭を抱えて深くため息を吐く。
エイミー「あの……、大丈夫ですか……?」
シーザー「あ……?」
シーザーが顔を上げて横を見ると、エイミーが隣の席に座っている。
エイミー「大丈夫……ですか……?」
シーザー「なんだよお前……」
エイミー「いや、すみません……。すごく落ち込んでるように見えたので……」
ジェシカがシーザーの前に酒を出す。
ジェシカ「どうぞ、ラムになります」
シーザーは出された酒を見つめる。
エイミー「あ、余計なお世話ですよね……。すみません……」
シーザー「……尊敬してた人が殺されたんだ」
エイミー「えっ……?」
シーザー「独りだった俺を拾ってくれた人。俺をしっかり人間として扱ってくれた人がバラバラにされて殺されたんだ。まだ左腕だけ見つかってない」
シーザーの声が震えていく。
シーザー「前に理想の死に方を聞いたんだよ。ベタなもんだったな。暖炉にあたりながらロッキングチェアで揺られてってさ。でもさ、それもカッコよく見えたんだよ。だから……、だからこんな死に方は……」
シーザーは話ながら涙を流す。
シーザー「……俺が、俺が絶対犯人を殺して、左腕を見つけてやる」
エイミー「もしかして、っていうか……」
エイミーはカウンターの下を手で探る。
エイミー「探してるの、これですよね?」
エイミーは机の下から切断された左腕を出す。薬指には指輪をはめている。シーザーはそれを見た瞬間、エイミーの胸ぐらを掴み、店の窓に押し付ける。
シーザー「お前が? お前なのか? お前が殺したのか? なぁ!」
シーザーの声が怒りで震える。
エイミー「貴方達が悪いんですよ。貴方達が」
掴まれている胸ぐらの隙間から、エイミーの左肩が見える。左肩に銃弾で撃たれた痛々しい傷が見える。
シーザー「何言ってんだよ。質問に答えろよ」
エイミー「この傷を見ても分からないですね。何も顧みずに生きてきたんだろうな」
窓の外から月明かりが差す。月明かりに照らされたエイミーの体は銀色の体毛に包まれ、手の先には水晶のような鋭い爪が輝いている。エイミーは狼の魔獣へと姿を変える。
シーザー「は……?」
エイミーは鋭い爪でシーザーの首元を切り裂く。シーザーの血が店内に散る。
エイミー「理想の死だ? 笑わせるなよ。意味もなく命を蹂躙して、悪趣味な剥製のために母を殺したお前らが、死を選べる立場にいると思うなよ!」
シーザーの首からドクドクと血が流れる。シーザーは声も出せずにのたうち回って苦しんでいる。エイミーはだんだんと人間の姿に戻っていく。
エイミー「苦しんで死ね。情けなく死ね。僕を思い続けながら死ね」
人の姿になったエイミーはジェシカの前のカウンター席に座り直す。
エイミー「……もう一人は?」
ジェシカはため息を吐くと、胸ポケットからひび割れて血に濡れた丸眼鏡を取り出す。
エイミー「……ありがとう。姉さん」
ジェシカはシーザーに出した酒を手に取り、流しに捨てる。
ジェシカ「残念だったね。ラムを一口でも飲んでたらもっと楽に死ねたのにさ」

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