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腹痛サンデー 2020年6月14日

毎日更新10日目です。


今日は幼馴染2人と街へお出かけ。しかし途中でお腹が痛くなって帰宅しました。無念すぎる。

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(↑まだ普通に元気なのに何故か体調悪そうな顔の私)


何が原因かはわからないけれど、思い当たる節は様々。数日前から積み重なっていた暴飲暴食、生活リズムの乱れ、お店の冷房、脱水、その他諸々…。

意図していたわけじゃないのに何故かこういう日々の悪行(?)って楽しいときに全部返ってくるんですよね。切実にもっとどうでもいい日にしてくれ。


過去の自分と都会の冷房システムを恨みながらフラフラと帰宅し、お茶をがぶ飲みして寝たら割と良くなった。思えば一人暮らしをしてから体調を崩したのはこれが初だったかもしれない。副作用として脳内に『思想がかなり似ていて都合のいい時に来てくれる優々彼氏』を爆誕させてしまった。


腹痛が引いた後もそこまでお腹は空いていなかったけれど、『体調不良=栄養摂取』の方程式が頭に浮かびコンビニへ。今考えるとこれが成り立つのは風邪のときだけのような気もする。しかし食で得た痛みは食で制するタイプのバカなので、「悪いものは良いもので上書きしちゃえ!」とるんるんしながらうどんを買いました。そして今はアイスを食べながらこれを書いてます。学ばないねえ~。


それにしても今日一緒にいたのが幼馴染でよかった。もしこれが大学で知り合ったばかりの友達だったら何も言わずにそのまま帰って、そのまま交友関係そのものを切っていたかもしれない。

私は昔からそうなのだ。一つミスるとより大きなもので相殺するような性格。新しい真っ白なTシャツに醤油でちっちゃ~いシミを作ったとしても、黒いペンキを頭から被ってシミをなかったことにする感じ。あと緊張状態で想定外の出来事が起こると、考えなきゃ考えなきゃ…という文字ばっかり浮かんで肝心の思考がストップしてしまう。その度に本当はこんなんじゃないのに…としょんぼりするのだ。

だから何をしても大体のことは許容してくれる幼馴染は本当にありがたい存在だ。『ミスをしてはいけない』という緊張感がないから逆に正常な判断ができる。余計なことを考えなくていいから思考がまとまりやすいのだ。


実をいうとこのnoteでも同じ現象が起きている。『毎日とりあえず書かなきゃ!』というプレッシャーであまりいい記事が書けていないと自分でも思う。気にしすぎて言い回しがおかしかったり、自分で書いたのに自分が一番読みづらかったり。満足はいってない。

だからこの方法は自分に向いてないなとも思うのだけれど、一度やり始めたら止まれないのでとりあえず続けてみる。もしかしたらアレルギーの治療みたいに、自分に合わないものでも毎日少しずつ接種していくと克服できるかもしれないし。その一瞬の克服が今後の人生を快適なものにしてくれるかもしれないし。

それにこういう縛りでもないと冗談抜きで2年に1回とかの更新になりかねないからね。まあ誰にやれと言われたわけでもないからそれはそれでいいんだけど。しばらく続けてみます。



がんばろう、舌下免疫療法。

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