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しあわせのかおり (2008) 監督 三原光尋

中華料理は作る過程がダントツに映画映えする料理だと思う。

強力な火力で高温に熱せられ、中華鍋のなかで油が泡立つ。素材が流し込まれジュっと大きな音を立てる。湯気が沸き立ち、一瞬にして艶やかにふっくらと卵が変化する。肉をミンチにしたり野菜を切ったりする時のリズミカルな音。鍋が振られると食材は鮮やかさを増して宙を舞い、小気味よくお玉と鍋がぶつかりあう。手の中で魔法のように小龍包や蟹シュウマイが包み上がってゆく。カメラを曇らせる蒸し器の湯気。

料理道具がシンプルなのも材料と工程を引き立る。黒い鉄の中華鍋やお玉、ジャーレン。まるで丸太のようなまな板と、四角く大きな中華包丁。

王さん(藤竜也)の命のスープとでも言うべき鶏のスープを貴子さん(中谷美紀)が初めて作る。固まった鶏のミンチやネギをそっとお玉でかきわけると、まるで秘密のように透明な美しいスープが湧き出す。

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金沢の港町の小さな中華料理屋さんが王さんのお店。お昼の定食は海定食(エビチリ、魚など、魚介モノ)と山定食(豚の角煮とか、卵とトマト炒めとか?)の二つ、らしい。蟹シュウマイの百貨店出店をお願いするため、王さんのお店に通い詰める貴子さんだったが、次第に、もう出店のことはどうでもよくなってくる。日々供される心と体に暖かい料理が、夫を亡くして一人で娘を育てている彼女を徐々に癒やす。そして彼女は、やはり料理人だった父親の記憶を思い起こし、どうやって生きていけば良いのかを見つめ直す活力も取り戻してゆくようだった。

脳梗塞に倒れた王さん。貴子さんがとった行動は、シングルマザーとしてはいささか常軌を逸しているようでもあるが、それは王さんを助けるためというより、自分を救うためだったのかもしれない。中華包丁で均一に野菜が切れるようになり、重い中華鍋が振れるようになるにつれ、お互いの魂が救われてゆき、生きていくこと、穏やかな慰め、人とのつながり、が確かにそこに感じられる。

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当然長ら強烈に中華料理が食べたくなる。豪華な北京ダックや上海蟹もいいけれど、気分は、家庭的な中華。たまに行く、こぢんまりとした、裏路地の中華料理のお店で、もともとこの映画のチラシを見たのだった。今度のランチは、あそこにしようっと。

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