日記0444あるいはツルツル民家
「どうして、自殺なんかしてしまったのでしょうね」
朝から重たい話題だ。私は愛想笑いをしてからパンをかじる。笑わなければよかったと後悔した。
「ワタシがいけなかったのかしら」
疑問形ではあるけれど、ほとんど、確信のような響きがあった。口の中が渇く。
『自殺じゃない』
私の背後に立つ、男の霊が囁く。
『この女に殺されたんだ』
男はきちんと足があった。霊に足がないというのは、たぶん、怠惰な画家の書き忘れか、経年劣化なのだろう。太い、けれども、毛の薄い、黒黒とした足。
「アナタは死なないでしょう。私を一人になんてしないわよね?」
女の入れたお茶は独特な香りがする。
『飲むなのむなのむなのむなのむな』
私は忠告を無視する。舌に苦みが残った。
『むのむなむなむなむ南無南無南無南無』
何ともない。女は毒を入れていないのだろう。
「ねえ、答えて」
人が多い。人で溢れている。ここは女の部屋ではなかったか。
「応えて」
すべて霊なのだろうか?
こんなにくっきりと、はっきりと、見えるものだろうか?
『何もこたえるな』
脇に汗が溜まる。背中に一筋、汗が流れる。
『こたえるな』
額から濁った血のような、苦い汗が流れる。
『こたえ』
「愛してる」
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