読書記録:夫婦間における愛の適温
文章はかなり理路整然としてて固めにも思えるけど全体全く重たくはないし読みやすい。
夫婦間のやりとりをコミカルに描きつつ、でも芯をつくような内容が面白くて、納得したり共感したり毎日1章ずつ寝る前に読むのが楽しかった。
変な顔を指摘するか否かの部分は向坂さんの深い思考に納得して憧れを抱くも、実際その思慮も言葉にして伝えない限り行動に移さなければ何も伝わらないし、結果その想いを知っても尚旦那さんからは「言ってよ!」と言われる始末。
そして憧れた向坂さんの言葉や、指摘しないでいることが答えのように思えた矢先、旦那さんの「変な顔してるよ」と言う正反対の行為が、間違いでも正解でもないんだ、とストンと妙に得心して真四角な脳を柔らかくしてくれるような感覚になった。
問題提起があり、それに対するアプローチがあり、そして最後は唯一無二の答えがでるものだと私は考えていたけど、そんなお堅い脳みそでこそ、この決して放り投げてはいない、しかし軽やかな着地点やラストが心地良い。
ああ、とてもとてもわかる。
私は結婚の決め手を訊かれた時応えられる大きな理由が1つある。
お互いがお互いの幸せを自分の幸せにできるところだ。
私の「嬉しい!」を見て相手も同じく喜びを感じていることがまた、私の「嬉しい」になり循環する。
幸せの頂点に立ったような顔をしていたが、これは裏を返せば真逆の流れとなる。
相手が悲しいと私も悲しい。そしてこの世で最も大切な相手を悲しみから掬い上げられない自分を責め、悲しさを増やしていく。
悲しみは2倍に、自己嫌悪と分かり合えない辛さがくっついてくる。確かに美徳とは程遠い。それを「悪徳に近いのではないか」と向坂さんが表すところも言葉のセンスが光っていて好き。
詩はほとんど身近になく、私では理解できないものかも。と思っていたけれど、『目のあわない距離』がこの本の中で1番好きで今年引いたおみくじを栞代わりに挟んでいる。
文学フリマでサインをもらいに行った時も外すのを忘れていた。栞にしては不恰好なままの折り曲げられたおみくじだったので、後になって失礼だったんじゃないかと後悔している。
ここも私の言葉を見つけたと思った。
意識がある瞬間はずっと独りだと思う。
この部分が好きですと言いたかったが上手く言葉にできなくて、「すきです!」しか向坂さんに投げかけられなかった。私気持ち悪かったろうなとずっと反省している。
文章は固めに思えると言ったけれど、意図的にひらかれた言葉が柔らかく優しく伝わるところも好き。
まず「わたし」、そして「おそろしく、またくやしい」や「うらやましい」といった感情など
どろっとせず、純粋で素直な気持ちに感じられた。
でも「怖い」は漢字。勝手にだけど、複雑で固くて冷やっこいイメージ。言葉ひとつひとつを大事に表現しようとされている気がする。好き。
この対人での気まずさ。「手触りのない確信」
わかる。わかるのに自分では言い表わせない言葉をカチっと決めてくるところ。知っている筈の物事に適当な言葉を当てはめられたこの快感と少しのくやしさ。読書が楽しいと思える瞬間。
ぶ、ブイヨンを作っている……。カレーに知らない調味料と、鍋が2つとフライパンが1つ並んで、同時進行で作られていく?!
不器用で家事下手仲間だと勝手に期待していたのに、料理の途中で洗い物や掃除まで!!
おいていかないで! と途端不安になる。
同じようなことで悩み、考え、向坂さんらしい意見とやりとりの末決着するところを知りたいが、同じような場所にいると思っていた人が、急に私からかけ離れてしまったようだった。私は料理が下手でこんなに手際よく美味しいご飯は作れない……。
今まであらゆる部分を重ねて読んでいただけに、急に別人のように距離を感じる。当たり前だ。何もかも同じ筈はない。
でも勝手に親近感を抱いていた人に私のコンプレックスをなんなく飛び越えられて、少し悲しくなった。
同じようなことに悩み、私では思いつきもしないような考えからひとつ芯の通った答えを見つけだす。「答え」のようなハッキリとしたものがなくてもいつも章の終わりは美しく締められている。
自分自身のどうしようもなさとか、全く違う人と人においてのどうしようもなさの中に、それでも絶望以外を見つけてくれる。
美徳さえ悪徳に思えてしまう生きづらさを抱えていながら、タイトルにつけておいて愛についてわからないと言いきる向坂さんの芯の強さに惹かれているんだと思う。
私とは全然違う凛として理論的に言葉を操れて面白くて素敵な人と、似たような弱みや共感が得られただけでも嬉しい。
私も夫のことが何より大切で、大事にしたいと思っている。どちらかというと円満な夫婦だと思っていたけれど、やはり時々すれ違うことはある。
それを、今まではただ飲み込んできた。お互いがお互いに何か強制しようとはしない。
でも多分お互い自分の正しさを信じていて、それでも相手の感情や意見を優先したいと歩み寄ってきた。
私は間違ってないよな? とそれでも心の奥に曲げられなかった経験があったけれど、この本を読んで、どちらも答えなんてものは、正しさなんてものはないのかもしれないな? と見ないようにしていたモヤモヤの姿がふわりと形を変えた気がした。
どう言えばいいのかわからないけど、そんな曖昧さに気持ちを収めきれるようになったというか。
私の生きてきた環境と夫の価値観が形成されてきた環境は勿論違う。私が問題に直面した時、それを問題とも思わない夫との距離をはかり損ねるような感覚も、一旦置いて、向坂さんの言葉を思い出す。
夫は手を握れる距離にいる。基本的にあたたかい手のひらだが、寒くて冷たい時は私の体温を移すようにぎゅっと握る。
たまたま一緒になれた大好きな夫と、私もずっとこのままと願う。
そして愛についてわからないと言っていた向坂さんがこちらで恋、愛についてコラムを書かれている。こちらのコラム毎回面白いけど、夫婦間における愛の適温を読んだ後だともう、向坂さんが恋と愛について真っ向から向かっていく様を読めるだけで尚更面白く感じる。
おすすめです!
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