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士業のリスクマネジメント 損害賠償請求への対策 ~顧客からの損害賠償請求の予防と対策~


自己紹介

まず、私の簡単な自己紹介です。
京都市生まれ。
弁護士(京都弁護士会所属)。
立命館大学法学部法律学科卒業。
司法試験に合格し、司法修習の後、検事に任官。
大阪地検、大阪地検堺支部、京都地検を歴任。
2000年に検事を退官し、弁護士登録。
勤務弁護士を経て、2004年10月独立、赤井・岡田法律事務所を開設。
2018年1月に、赤井・岡田法律事務所を離れて、弁護士法人河原町総合法律事務所を開設。
現在、3名の弁護士が在籍。
取扱いが多いのは、相続、中小企業法務、交通事故、医療機関や医療従事者からの相談・依頼、ベンチャー企業からの相談、裁判所からの選任を受けて破産管財事件など。


テレビドラマの法律監修も手がけています。
2003年から始まった「京都地検の女」シリーズについては、2013年の第9シリーズまで全シリーズの法律監修を担当。
その他は、「検事朝日奈耀子5」、「女刑事みずき」、「科捜研の女」などを単発で。
著書は数冊あり、雑誌の記事投稿もしていました。

前書き

士業として独立して経営をしていると、様々なリスクがあります。
経営者である士業が怪我や病気により一時的に事業を継続できなくなるリスク、従業員が怪我や病気になり稼働できなるリスクといったもののほかに、業務上の過誤によって顧客等に損害を与えてしまって損害賠償を請求されるリスクが考えられます。


士業の経営に関するテーマとしては、いかに売上を上げるのかというオフェンス面の話の取り上げられることがほとんどですが、いかにリスクにいかに備えておくかというディフェンス面の話も重要です。
今回は、顧客から損害賠償を請求されるリスクについて、その予防と対策をお伝えします。

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損害賠償を請求されるリスク

いくら注意をしていたとしても、人間は必ずミスを犯します。
それは士業であっても同様で、士業が業務上の過誤によって顧客に損害を与えた場合には、顧客から損害賠償を請求される可能性があります。

近時はインターネットの発達により、各種情報が手に入りやすくなったことも影響して、昔と比べ顧客から損害賠償を請求されるリスクが増えてきました。
一昔前は、顧客には依頼した士業の委任事務の執行に過誤があったかどうかや、過誤があった場合に損害賠償ができるという情報自体を知ることが少なかったためか、顧客から損害賠償請求をされるという案件は多くはありませんでした。


しかし、ここ十年くらいの間に、顧客から士業に対する損害賠償案件は確実に増えています。
その中には、過誤がないにもかかわらず請求してくる、言いがかりとも言えるような請求も含まれます。
仮に言いがかりであったとしても、相手が弁護士に依頼して請求をしてきたり、訴訟提起をしてきた場合には、これに対応せざるを得ません。
そして、士業は顧客の事業経営や財産に関与することが多いことから、ときとして請求される賠償金額はかなり高額に及ぶことがあります。

私は、これまでに損害賠償を請求された側の士業から依頼を受け、代理人となって交渉にあたったり、訴訟対応をしてきました。
これまでに同業の弁護士をはじめとして、各種士業の相談や依頼を数多く受けています。

損害賠償を請求されないための対策

まずは、顧客から損害賠償請求をされないようにするための予防策が重要です。

第一には過誤を犯さないようにすることが必要ですが、こればかりはどんなに注意をしていたとしても完全に防ぐことはできません。
とは言っても、極力、過誤を防ぐための対策は講じておくべきです。
士業である自分自身がチェックリストなどを作って、まずは独力での予防策をすること。
そして、独力ではなかなか自分のミスを見つけるのが難しいのであれば、他のスタッフにもチェックしてもらう仕組みを作って、ダブルチェックを行うことなどです。
また、経営者である士業は、他の勤務スタッフのミスについても責任を負うので、これらの者のミスについてもチェックする仕組みを作っておかなければなりません。

次に、仮に過誤を犯してしまった場合にでも、できるだけ顧客との間でトラブルにならないようにするための手立てをしておくことです。
顧客と十分なコミュニケーションを取り、顧客からの信頼を得ていれば、少なくとも損害の拡大は防げ、またトラブルになることも未然に防止することが可能です。
顧客と十分なコミュニケーションが取れて信頼を得ていれば、ミスをしてもリカバリーすることで損害の拡大を防ぎ、また適切な謝罪や対応をすることで、トラブルに発展することを未然に防ぐことができます。

さらに、顧客とのトラブルで多いのが、説明義務にかかわるものです。
典型的なものが、「聞いていた話と違う」というトラブルです。
受任範囲について、見込みについて、条件についてなどが多く見受けられます。
受任範囲について多いのは、その項目まではやらないと説明しておいたのに、顧客は当然にその項目までやってもらえるものと思い込んでいたというケースです。
見込みについて多いのは、希望する結果を獲得するのは難しいと説明しておいたのに、顧客は当然に希望する結果が獲得できるものだと思い込んでいたというケースです。
そして、条件について多いのは、一定の条件を満たしていなければ結果が出ないと説明しておいたのに、そんな条件の話しは聞いていないというケースです。


あとは、言わずと知れたお金のトラブルです。
聞いていた費用よりも高い、そもそも、費用が高すぎるといったものです。

これらに対しては、まずは見積書を作成することです。
見積書の中には、受任範囲のほか、受任事務の内容、処理見込み、条件があればその条件などを明記したうえで、費用についてもできる限り詳しく記載します。


次に、この見積書に対応した委任契約書を作成します。
この委任契約書の中にも、再度、受任範囲のほか、受任事務の内容、条件があればその条件などを明記したうえで、費用についてもできる限り詳しく記載します。


さらに、複雑な案件の処理見込みや条件については、念のために確認書を取っておきます。
確認書の内容は、「~という説明を十分に受け納得したうえで、……を依頼しました。よって、~という結果になった場合でも、損害賠償の請求をはじめ異議申立等は一切いたしません。」といった内容のものです。
この確認書は、複雑な案件でなくても、依頼者に少し問題があると感じたような場合には作成しておきます。


そして、費用については、着手前から費用を値切ってくるような顧客の依頼は受けないことです。
私の経験上、そういった顧客は何かにつけて費用や実費を値切るなどしてくるので、トラブルになる可能性が高く、避けるのが賢明です。
そういった顧客は、そもそも無形のサービスに対して適正な対価を支払うという価値観を持ち合わせていないので、付き合うだけ時間の無駄です。
私は、どれだけ高単価な案件であっても、いくら知り合いからの紹介案件であっても、着手前に費用を値切ってくるような顧客の依頼は受けないことにしています。

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損害賠償を請求された場合の対策

不幸にも顧客から損害賠償の請求を受けた場合には、できれば士業ご本人が対応されずに、弁護士を依頼されることをお勧めします。


理由は2つ。
1つは、自分のことだと冷静な判断ができなくなるからです。
これはベテランの弁護士ですら該当します。
私は、私が有能であると認めている同業の弁護士から依頼を受けたことがあります。
その弁護士ですら、いつもなら絶対にそのような見立てはしないであろうという、自分にとって身びいきすぎる見立てをしていました。
どうしても、自分事になると、感情的にもなるし、自分にとって有利に考えがちになるのは、ベテランの有能な弁護士であっても一緒なのです。
そのように冷静な判断ができない状態で対応をすると、誤った対応をしてしまう可能性が高く、場合によっては取り返しのつかないことになってしまいます。
私は、実際にそのような例も見てきました。

そして、もう1つは、時間がもったいないからです。
どうしても自分のこととなると感情的になってしまったり、そうでなくても感情を大きく揺さぶられます。
それは大きなストレスとなって、自身本来の業務にも影響します。
トラブル対応という重要ではあっても後ろ向きな行動、しかも損害賠償を請求される段階にまで来てしまったものに自分自身の時間を多く割くのは、もったいないと思います。
ここまできたら専門家である弁護士に任せて、自身はいつも通りに本来業務に時間を使うべきです。
言いがかり的なものである場合はもちろんのこと、実際に過誤があっていくらかの賠償をしなければならない場合でも、弁護士に任せて適正な損害を賠償すれば良いと割り切って、時間は有効に使いましょう。

次に、必ず、士業別の賠償責任保険に加入してください。
この点、各士業向けの賠償責任保険が用意されているので確認してください。
もし、そういったものがなければ、専門家賠償保険を探して加入してください。
保険への加入は必須です。
先に述べた、本人で対応されずに弁護士を依頼されることをお勧めしているのも、賠償責任保険に加入されていることを前提にしています。
賠償責任保険に加入されていれば、通常は弁護士費用も保険から支払われます(この点は、ご自身の保険について必ず確認してください)。
また、補償上限額は選べるようになっており、かなり高額な設定もあるので、損害額が高額に及ぶような場合でも安心です(この点についても、ご自身の保険について必ず確認してください)。
この賠償責任保険に加入していない場合には、まず弁護士費用が自己負担となり、また損害額が高額に及ぶような場合には、最悪、自己破産ということにもなりかねません。そうすると、自ずと資格まで失ってしまう可能性があります。


私の場合、1請求についての賠償金額は最高額の5億円に設定しています。
これは、大型の破産管財事件を扱っており、10億円を超える不動産の任意売却などを行うことから、最高額にしておく必要があるからです。
また、弁理士業務、税理士業務、渉外業務も補償対象業務にしています。
これは、私が弁理士登録もしていること、相続案件では税務も含めてスキームを作ること、顧問先との関係で渉外業務も稀に扱うことがあるからです。
保険料は高くなりますが、いざという時の補償のことを考えれば、ここをケチることはできません。

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士業別の賠償責任保険に加入されていたとしても、さらに注意すべきことがあります。
これは、士業のいわゆる「業際問題」にもかかわります。
士業別の賠償責任保険は、補償の対象が、その士業が法律上認められている対象業務に起因する損害に限られています。
また、保険会社が賠償義務を免れる場合の免責条項が設けられています。
免責条項の例は、以下のようなものであり、これについては、保険金が支払われません。
税理士賠償であれば、過少申告加算税、無申告加算税に相当する損失。
社会保険労務士賠償であれば、法令の規定による延滞金や追徴金。
行政書士賠償であれば、許認可取得の可否の保証に基づく損害。
ですので、せっかく賠償責任保険に加入していても、対象業務外の業務によって発生した損害や免責条項に該当する場合には、補償されません。
この点、ご自身の保険について必ず確認をしてください。


免責条項は、読んでいただけば大体分かると思いますが、難しいのが、補償対象となるその士業が法律上認められている対象業務の範囲についてです。
明らかなものについては良いのですが、微妙なものについては、保険会社が補償を拒んだ場合、保険金の支払いを求めて、保険会社に対して訴訟をしなければなりません。


ここが、士業のいわゆる「業際問題」にかかわるところです。
この「業際問題」については、色々な見解や意見のあるところですが、私は賠償責任保険との関係については是非とも認識しておいていただきたいと思います。
経営的、営業的な観点から、業務範囲の拡大を考えられる方は多いと思います。
ただし、そこには、このようなリスク、すなわち場合によっては、保険会社から対象業務の範囲外として補償を拒まれることがあるということです。
これは、決して机上の空論ではありません。
実際にそういった事例がありました。
守秘義務との関係で詳細を明らかにすることはできませんが、ある士業が業務に関して顧客に甚大な損害を与え、損害賠償請求の訴訟を提起されました。
そして、加入していた賠償責任保険の保険会社からは、対象業務の範囲外の行為に基づくものとして補償を拒まれました。
保険会社に対しては、保険金の支払いを求めて訴訟を提起しましたが、最終的に敗訴しました。
幸い、顧客との訴訟で何とか分割で支払っていける金額での和解が成立したので、自己破産という最悪の事態は免れましたが、一歩間違えば自己破産を余儀なくされるところでした。


私は、こういった経験から、いわゆる「業際問題」にかかわるような分野に手を出される場合には、その是非は置くとして、リスクマネジメントの観点から必ず賠償責任保険との関係はしっかり認識、確認されるよう注意を呼びかけています。

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