2020年9月27日

 無駄な一日を過ごしたので日記を書く。何もない日でも日記を書けば何かを為した錯覚を得られるからだ。

 何もできなかったのは、何をすればいいのか分からなかったからだろう。「何をすればいいか分からないときは、とにかく何でもいいから手を動かすべき」だとか、「やる気なんてものは行動してから湧いてくるもの」だとか、経験則に照らし合わせてもそういった言説は真理だと思う。けれど一方で、何をすればいいか分からないからやる気が湧かないことも、やる気がないから目の前の何かに手を付けることさえままならないことも、やはり同じように真理なのだ。

 こういった問題に関して、いつでも適用できる答えなんて存在しないのだろう。結局はその時々の調子によるとしか言いようがない。

 それに、そもそも今日が無駄な一日だなんて、あくまで今の自分の意思が下した結論に過ぎない。長期的な視点で見れば、今日のように無意義な一日を挟むことが重要ということもあり得る。

 どちらにせよ、自分の判断が妥当かどうかなど誰にも分からない。本当はただ今日という不調な日があっただけで、それ以上でも以下でもないのだろう(これ自体が今の自分の判断でしかないということはひとまず措いておく)。

 善悪、プラスマイナス、要不要。そういった不確かな尺度を切り離して、現状を透明に見つめる視線が欲しい。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?