セルフ・レファレンス



 YouTubeを見ていたらこの動画がサジェストされたので、何とはなしに再生していた。流麗でありながら、時に力強い。そんな『水の戯れ』という題を体現しているのが素晴らしい。

 曲自体の魅力も筆舌に尽くしがたくはあるが、それを差し置いてなお興味を惹いたのは、コメント欄にある「印象主義音楽」という単語だった。あまりにも音楽史に疎いため、クラシック音楽の世界においてもバロック、古典主義、ロマン主義、印象主義など、美術史の触りを勉強したときに見かけた用語が使われていることに驚いたのだ。

 考えてみれば音楽も他の芸術や学問と同様に歴史の積み重ねであるのだから、そうした歴史の変遷が存在しているのは自明とも言える。しかし、そうした背景をまるで知らない私からしてみれば、安眠のために時折嗜むバッハもショパンもドビュッシーもサティも、すべて等しく「クラシック音楽」という括りでしか認知できなかったのだ。

 これまでもクラシック音楽に対して漠然と不勉強を感じていたけれど、そういった歴史背景の存在を認知してはじめて、己の無教養が恥ずかしくなってきた。


 そういったわけでさっそく音楽史について調べていたら見つけたのがこのサイト。かなりの分量がありそうだし、そもそも扱われている曲を聞いてみないことには何も頭に入ってこないだろうから、これを読み通すのには相当の時間がかかりそうだ。さしあたっては冒頭に挙げたラヴェルや、同時代のドビュッシーの曲を聞きこんで、その歴史的背景を学んでいきたい。

 印象主義の音楽をまとめたプレイリストがないだろうかとSpotifyで検索をかけたら、こんなアルバムを見つけた。辻井伸行というと、私ですら知っているほどに有名なピアニストなので、取っ掛かりとしてはうってつけに思える。


 そういえば、昨年『オランジュリー美術館コレクション』を見に行った際に、『ピアノを弾く少女たち』の解説で、ルノワールとドビュッシーとの間に交流があったというエピソードが語られていたのを思い出した。絵画と音楽の別はあれど、どちらも印象派と呼ばれる潮流に生きた芸術家だ。まあ、ルノワールは次第に古典に回帰して印象派と距離を置くようになり、ドビュッシーに至っては印象派と呼ばれることを忌避していたそうだが。ともかく、同時代に生きる人間の生み出した芸術として、音楽と絵画というのは密接にリンクしているのではないか。そう思ってこちらも調べてみると、いくつか面白そうな記事が見つかった。

どちらも先述の『ピアノを弾く少女』について語ったものであり、つまりは私の好きな絵画が取り上げられていて好ましい。特に前者の記事は批評としてとても面白い。

 音楽と美術の関連について調べる過程で、こんなサイトを見つけた。そもそもの質問が私の気にかけていたものとは違うので、先ほどの問題に対する回答にはならないのだが、それはさておき「そういえば世の中にはレファレンスというサービスがあったのだ」ということを不意に意識させられた。この『レファレンス協同データベース』というサイトの存在は、時折Twitterなどで流れてくるものを閲覧することで認知していたし、かつて国会図書館の職員がどのような業務に携わるのか調べているときに、レファレンスが主な業務の一つであることも学習していた。それにもかかわらず、なぜだか私はその存在を失念していたのだ。

 なんて便利なサービスなのだろう。率直にそう感じた。これまでの人生で何かしら知りたい事項が生じたとき、具体的なものであればネット検索で比較的容易にその知識に辿り着くことができても、抽象的な問題の場合、その含意を汲み取ってくれる域にGoogleは未だ到達していなかった。したがって大型の書店に赴いて関連する分野の書棚を眺め、なんとなくどの辺りの書籍を読めば望む答えが得られるのだろうかと予測をつけ、実際にいくつかの本を手に取ってそれらを比較検討していた。そうして得られた断片的な情報を頭の中でなんとか有機的に結び付けようとして、思考を継ぎ接ぎする。私がこれまでの人生で行ってきたことと言えばつまりはその繰り返しなのだが、いかんせん広範な教養を持たないせいで出来上がったものを見ても不十分なクオリティにしか思えなかったし、またその失敗作にかなりのコストをかけている。

 レファレンスというのは、つまりその作業の大部分を専門家に肩代わりしてもらえるということで、これは私にとってかなり有難いことだ。

 ただ、ここで気にかかるのは、いくら下手だとはいっても、自分なりに選書をする行為は、それ自体が思考の一部を成しているのではないかという懸念だ。今の自分にとって、何を手に取るべきか考えること。その能力は、何も読書だけに限らず、人生のいたるところで重宝するのではないか。

 とはいえ、その道に長けた人間の模倣を心掛けることは、自分なりに試行錯誤して方法を確立するのと同じくらい大切でもある。だから、ひとまずは次に知りたい事項が出てきた際には、図書館のレファレンスサービスに頼ってみるのも良いかもしれない。そして願わくば、いずれは独力で必要な本を手に取れるような人間になりたいものだ。

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