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取扱説明書

白墨彫画展
「邪視‐南方熊楠に奉ずる‐」によせて ~取扱説明書~

1.《序》

”本能を内包する信仰”

見うるのは俗なるもの
見えざるは内なるもの

𝑪𝒐𝒍𝒍𝒐𝒅𝒆𝒓𝒎𝒂 𝒐𝒄𝒖𝒍𝒂𝒕𝒖𝒎 (C.Lippert) G.Lister という粘菌が存在する。
粘菌、また変形菌、熊楠語で菌虫、アメーバ動物界に属し、前述の種(和名をメダマホコリ)は皆様が最も御目にかけた事があるかもしれないPhysarales(モジホコリ目)の仲間だ。さらにStemonitaceae(ムラサキホコリ科)に分けられる。
直径約1mmという肉眼では途方に暮れる程の子実体の中には、熊楠も述べた「いかなることをも見出だし、いかなることをもなしうるようになっておる」ような小さな奇跡の大宇宙の塊が鎮座している。
未熟な時は白味がかった透明質のゼラチンに覆われ、軈てメラニン色素が黒から銀膜へと変貌する。粘菌は絢爛な着物を次々翻し、召し替えつつ楽しませてくれる。
(TH81号「野生のミラクル」寄稿「細胞画家  粘菌という小さな大宇宙を描く」2020発行)

元々、眼というモチーフには強烈に惹かれ度々制作してきた。
「連作 粘膜 C氏の事例」「ニルヤ、まさてちよわれ。」「枯花底」「神殿を奪ったあの子は誰?」等。

しかしはっきりと展題にして定めたのは初めての試みなりて、前より構想を練っていた熊楠の随筆「蛇に関する民信と伝説」を元に”視”野を広げ一念発起した次第である。
それが案内状の代表作【邪視 核臓図】だ。

メダマホコリを中心に八百万の生物の霊魂が飛び出し、無尽蔵に遊興を行い、産まれたての死者を出迎える。
軈ては死者も無に帰し、新たな此マンダラの一部となるであろう。
其の大に外無く、其の小に内無し。
生命はカルパ(劫波)に循環し帰依する。

2.《本》

邪視──起源は先史時代に遡り、現代文明の渦中において我々はこれを迷信と定める。だが未開の土地・文明の孤立した多くの国で個々に存在してきたのであり、人々が祖先から受け継いできた信念やリビドーと根強く連結している。
世界最古の文化財があるエジプトでは開閉神プターの眼より神、口からは人を産んだという伝承が残っている。
これは身体部品のうち目が最も相手にとって有力な動物の本能を引導すると考えられていた所以であり、其の発祥を裏付ける。
文字や言語が湧き出る遥か前より、人類の行動に強い影響力を与えてきた証拠だ。

いかなる科学や法律があってでも、ふと我々が歩みをとめ、何もかもを脱ぎ捨て透明な螺旋に戻った時、潜在意識の核に何を求めるであろう。
応用と知恵、その全てを手放し、まっさらな赤子に戻った時、決して手放してはならないものはなんだろうか。
私は視力であると明示する。

乳児は母親の「眼」を、まず初めに求め、探すと言われている。
故に黒点を2つ描いて見せると、母が呼ぶ声よりも先に、其方に反応するという研究報告があるのだ。
遺伝的本能は古代より投射繁栄しており、また今展においても、皆々様は拙作を「オーヴァールック」しに来て頂いたのであるからして、誠に恐れ多くも真摯に射穿いて欲しい、そして何か感じたものがあれば何よりの光栄である。

感想放語のいずるより先、鑑賞者の五臓六腑に落ちた閃光がたった一筋あれば良い。
それこそ私の意図したものだ。そうであることを心底願うばかりである。

形式めいた正義の下に隠され残酷な心理が権力を魅惑し盤石を固め、人は歴史において人を殺めることが出来た。
いのちは決して軽いものではないと言いながら、いのちを手放すことを選んだ。
己を護る為の装飾品を作り纏い、相手に邪視されぬよう有害を遮断してきた。

一旦裸にしてしまえば、私達は、無力だ。

然し今一度、過去現在を見直して欲しい。

本人が望まず無意識にあろうとも、相手に与える外的魅惑の伝達手段で最も即効性のある潜在意識能力が、何よりも眼であるということを。
瞼裏に居るものが、幼い頃より培ってきた、貴方の大切な記憶が、貴方を形成してきた心情の返答であり、それこそ偽りの無き愛、浄土をもたらすものであることを。

邪視は至る所に居る。

祓い癒し清めるには、逃避せず”目には目を”立ち向かわねばならぬこともある。
人類が邪視と戦った痕跡こそ、人類の進歩だ。今日までの伝承があらゆる阻害を受けようが決して途絶えることはなかったのが何よりもの原拠である。


3.《結》

私の作風や制作概念たりえるもの、美術世界においては極めて枠外かもしれず、長年居場所あらず、もはや重々承知で、まさに己でも名乗っている通り「Lowblow(無法者)Art」である訳だが、
世に独りぐらい このような酔狂な女が居ても構わぬではないか。

剥き出しの本性で咆哮するOutsiderが存在しても、
人々が娯楽として物見に明暮れるなら、万事最善を尽くす。

そう居直る此の頃である。

令和二年十一月十九日
神戸の六畳一間にて

赤木 美奈

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会場に設置しているステートメント全文です

ご希望の方はコピーをお渡しいたします



うちが龍神様(蛇)を奉っている家系だからか、大切な日には必ず雨が降る。

龍は水を好む。

雨女って本来は縁起が良いものと昔は言われてたんですが、現代ではどうだろう。。。

龍神の加護が強いって子供の頃に知らない婆ちゃんに言われたことがあるんだよなぁ。
この子は高く昇るか地よりも深く堕ちるか、どちらかハッキリとした運命に分かれているって。
昇るための努力はしてるけど、さだめはさだめで受け入れにゃあね。

ちなみに母は昔、稲荷の加護があると言われたらしい。
ゆえに晴れ女。
対極的な親子ですが、血液型も産まれ月も干支も全く同じ。

今の私の心は澄み切っています。
人の流れが良いからでしょう。
皆さまに感謝します。

本日12時より開幕!
連日の告知に反応頂き大変恐縮であります。

初日 20日
在廊予定: なし

ご予約・お問い合わせは乙画廊まで。

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乙画廊 公式Twitterより

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明日から邪視に関する随筆をアップしていきます。

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参考文献

E. T.エルワージ「The Evil eye」

南方熊楠 十二支考「蛇に関する民信と伝説」「小児と悪魔」

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