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忘れちゃいけない日

書こうかどうか、ずっと迷っていた。でも、この感情を文字にしたいと思った。だから今さらだけど記事にするね。




金魚が死んだ。2月14日、世間が少し浮足立つ日。実家の金魚が旅立った。



8年と半年前の夏、姉が職場体験先からもらって帰ってきた二匹の金魚。一匹はすぐにダメになってしまったけど、頑張って生き残ったもう一匹は「ありんこ」と名付けられた。意味わかんないネーミングセンスだけど、言いやすくてかわいいこの名前が私はすぐに大好きになったし、同じようにありんこはすぐにわたしたちの家族として溶け込んだ。


いつも元気に人間に対して顔を振って、まるでこっちに遊んでやるって言ってきてるような、そんなかわいいヤツ。犬や猫のように物理的に触れ合うことはできないけれど、水槽に顔を寄せては遊んでた。おはようもいってきますもただいまもおやすみも、毎日言ってた。


嘘だと思うでしょ?でも本当なんだよ。

魚に表情なんてないとかただ泳いでるだけとか、みんな言うけど決してそんなことなくて、ありんこはとっても楽しい金魚なの。


一応飼い主は姉だからわたしは餌やり以外のお世話はノータッチだったけど、水槽の掃除とかは週末に父親がやって、たまに姉が手伝って。夜はちゃんと眠れるように段ボール立てかけたり工夫して水槽を暗くしてあげた。

時間になれば餌をくれと水パチャパチャさせて、それ以外にかまってほしいときはこっちガン見して頭振ってきて、すごく賢い魚だったと思う。


この数年で大きな病気を数回したし、そのたびにペットショップに行ってどうしたらいいかたくさん話を聞いて薬を入れて、大変だったけどちゃんとありんこは生きてくれた。壁にぶつかって体が傷ついたり、病気でおなかがえぐれたり、弱って身体にカビが生えたり、ひやひやしたことももうだめかもって思ったこともいっぱいあったけど、何度だってちゃんと回復した。


地震が来たら、災害が起こったら、どうやってありんこといっしょに避難しようかと本気でみんなで話したこともある。バケツに移して、酸素はどうして、そのあとは……って。



最初にありんこに異変があったのは今年の年明けすぐのことだったと思う。


実家から具合が悪そうだと連絡が来た。餌を欲しがらなくて、水槽の底でじっと動かなくなって、おなかに穴が開いていると。泳げなくてじっとしているせいか、ヒレに白くカビが生えているから薬浴をしているという写真が送られてきた。いつもあんなにかまってとアピールするありんこが沈んでる姿を見て、どうしようもなく苦しくなったのを覚えてる。


2月の頭には傷がふさがり、なんとか回復に向かっていた。体はずいぶんと綺麗になり、まだ元気はないにしろ、少し一安心した。2年前と同じ症状だったこともあり、また大丈夫になるなって思った。


でもまたすぐに症状は悪化して、うろこが逆立っていると言われた。原因は松かさ病だった。治癒が難しい病気で、発症の理由もよく分かっていない難病。塩浴をして、餌も弱っているとき用のものに変更した。離れているからこそ気が気じゃなくて、でもどうしようもなくて、それがすごくもどかしかった。


それは私だけじゃなくて、母親も心配で仕事が手につかないと何度も連絡してきたし、姉も逐一容態を気に掛けるメッセージを送っていたらしい。どんな状態なのか気にはなるけど、毎日届く連絡を開くのが怖かった。いつも元気に泳ぎ回っているありんこが、しんどそうにしているのを見たくなかった。信じたくなかった。



2月14日の朝、起きたら息をしていないというメッセージが来ていた。「助けてあげられなかった」と、一言添えて。


夕方にはありんこの旅立ちを見てあげてといくつか写真が送られてきた。動かなくなってポンプに吸い込まれそうになっている身体、ものさしと並べられた大きな姿、桜の木の下に掘られた穴、そしてその上にそっと立てられた名前と日付の書かれた一本の割りばし。


ポカポカとした春を感じさせる温かい日差しの中、お見送りできたと聞いた。でもそのあとすぐに雨が降ってきて、きっと水の中に戻れたのかな。うちの桜は早咲きだから、きっとすぐに綺麗に咲いてくれるかなって、そう思った。



3月に実家に帰ったとき、はじめて空っぽになった水槽を見た。大きなそれは一か月近くたってもそのままで、なにもない水の中でポンプだけが動いてた。


父は何も言わなかったけど、母はわたしに、お父さんも悲しくてやりきれなくて片づけることができないのだと、そう教えてくれた。帰省できなかった姉には、言葉が見つからなかったし、今でもこの話はしていないけれど、訃報を聞いてすぐに友だちとの集まりを抜けて一人帰ったらしい。



みんな多くは言わない。でも確かに同じように傷ついたり悲しんだり苦しんだりしている。なにも代わりにはなれないから、心にぽっかり空いた穴は時間が解決してくれるのを待つしかないんだよなぁ、つらいね


いきものを飼うって相当の覚悟が必要だ。今までこうしてお別れして見送ったことは何度もあるけど、やっぱりいつまで経っても慣れるなんてできないなぁ。元気だったとか、かわいかったとか、ぜんぶ過去形にしなくちゃいけないのがどうしようもなく切ない。



あ~あ、ほんとうにかなしいな。出会いがあればその分別れもあるけど、それをこうして言葉にするのって初めてだから、なんとも言えない文章になっちゃったな。でもこの気持ち文字にできてよかった。よくわかんない記事でごめんね。


かなしいけれど、だからこそ出会いも別れも大切にできるひとになりたいね。お別れはいつだって悲しい。だけどこうして忘れちゃいけない日がどんどん増えていって、わたしたちは成長していくんだろうな。つよく、なれるといいね。




ありがとう。げんきでね、ありんこ

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