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青木まりこ現象

この物語は、崖っぷち文系博士課程の院生が奮闘する日々の記録。

「青木まりこ現象」

○大学の図書館

 赤嶺亜香里(30)ことあかちゃん、図書館の2階から1階へ手すりを握りながら急ぎ足で降りる。

あかちゃん「ああ…、せっかくいいところだったのに」

 あかちゃん、お手洗いに入る。荷物を個室内の棚に置いて、便器に座り、前かがみになって両手で頬杖をつく。

あかちゃん「いっつもこう!私ってばいっつもこう!もう!」

 あかちゃん、個室から出て手を洗う。

あかちゃん「いちいちトイレにいかなきゃいけないの面倒すぎる…。博士に入ってから、この頻度高くなったよなぁ~。いい感じのアイデアがぼんやり思い浮かぶと、一気に体が落ち着かなくなる。毎回こんな感じだと、ペースが乱れちゃうよ。」

 図書館の階段を上がり、先ほどいた棚に向かう。(注1)

注1)あかちゃんは博士課程の大学院生。
本日は、研究の文献探しに大学図書館に来ている。

あかちゃん「これ治せないのかな。青木まりこ現象(注2)の原因は諸説。私の場合は、興奮すると、起きる。たぶん、そう、神経が高ぶってる。いい感じのことを思いつくと、血湧き肉躍る。武者震いかな。いや、ちょっと違うな。」

注2)青木まりこ現象、書店に行くと便意を催すことがそう呼ばれる。なんでも、その内容を雑誌に投稿した人の名前がそのまま使われてるとかなんとか。書店ではないが、図書館でも似た現象が起きる模様。

 目を仰いで何かを思い出す。

あかちゃん「楽しみがあるときって、トイレいきたくなるよね。」

○(回想)20年前、放課後の公園

 ジャングルジムの上に並んで座るあかちゃんと友人の麻衣ちゃん。

麻衣ちゃん「麻衣さ~、遊ぶ前いつも楽しみで、うんこ行きたくなる。」
あかちゃん「(ニコニコした表情で)そうなんだ。」
あかちゃん(心の声)「そんなに楽しみにしてくれてるなんて知らなかった…」

(回想終わり)

○大学の図書館

 本棚から本を手に取り、パラパラとめくる。

あかちゃん「小学校の頃は、学校から帰ったらまず爆速で宿題をやる。我が家は“やるべきことが終わったらやりたいことをやっていい”という方針だった。当然宿題をやらなければ遊びに行けない。一刻も早く終わらせねば。それはもう、漢字の書き取り1ページを5分でできちゃうほどのスピード。そして自転車に飛び乗る。さっきまで学校で会ってたクラスメイトとまた公園に集まる。毎日のようにそれだ。」

 本を3冊抱え階段を降りて、自動貸出機のある場所に向かう。

あかちゃん「あの頃は、勉強なんて興味もなくて、目いっぱい遊ぶことだけを考えていたな。門限ギリギリまで友達と遊ぶ。何してたかって、けいどろ?いやどろけい?…私ってどっちの派閥だっけ。モーニング娘。のカードを交換したり…、あとは、そうそう、あの頃はシール交換が流行っていた。」

(ポップでかわいらしいシールが貼ってあるシール台帳がフラッシュバック)

 あかちゃん、自動貸出機の『貸出』のボタンを押し、無機質な本のバーコードシールを機器にスキャンする。

あかちゃん「最近の子は何を交換するんだろう。LINEのスタンプ…? 全然知らないけど、でも今の子もきっとかわいいものは好き。きっとそう。そんな私も今では図書館通い。何がどうなってこうなるのやら」

 図書館のゲートを抜けて、外に出る。日差しは傾いて、夕方になっている。

あかちゃん「夕方のにおいをかぐと、放課後を思い出すな。中学校でも高校でもなくて、小学校の放課後。毎日のように外で遊んでいたから。毎日のように門限まで、この時間まで外の空気に触れていたから。だからとてもノスタルジックな気分になるのだけど、これって私だけ…? でも夕方の雰囲気に哀愁を感じることはあるよね。」

 軽い足取りで、校門の方へ歩き出す。


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