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アラフィフカップルのとある日常

あるアラフィフカップルの令和元年のとある週末の日常をここに書き留めておく。

二人(あるいはそれ以上)で暮らすよりは、一人で暮らした方が感情の振れ幅は少なくて済む。一人だと、外に出て人との接触を望まない限りは「他人による干渉による心の動揺」の機会がないのだから。

私は8年、そうだった。そして同じバツイチの彼氏Sさんと暮らし始めてそろそろ4カ月になる。「食べる部屋」「寝る部屋」しかない、大の大人2にしては狭い1DK。

二人とも仕事はそれなりに忙しいし、体力も落ちてきたし、前の結婚生活が続かなかったという共通体験があるので、「無駄な意地の張り合いとかはよそうね」「週末は仲良くまったりしようね」という空気は出し合っている(つもりだ)。そう、怒りも体力なのだ。でも、思い通りにならないのが人の道。

13日の金曜日、私は同業他社さん多数参加の飲み会の幹事で割とヘトヘト、しかししっかり紹興酒はあおって終電で帰宅。このところ自分は残業&忘年会続き、Sさんも子どもの面会日があったりで週末を一緒に過ごせていなかった。この週末は久々に二人でフルで過ごせる。「酔っぱらって帰ってきて、起こさないでね。寝てるんだから」と何度も言われていたので(裏を返せば、何度か起こした実績あり。ゴメン)、静かに寝入る。翌日、「酒臭さで目覚めたと言われた。

14日、Sさんはボーナスで買ったエディー・バウアーのダウンコートが宅配で届き、朝からご満悦。「あったか~い!軽~い!」

私はふすまを隔てた畳の部屋で布団に入ったままそれを聞きつつ、ラグビー日本代表・流大選手のこのツイートを見つける。

Sさんは三度の飯よりラグビーが大好き。私も父の影響で幼少時から国立に連れていかれてラグビーは見慣れており(の、わりには未だルールが分からないが。父の親戚が元日本代表だった)、さっそく誘って、二子玉川からバスでリコーのグラウンドに向かう。

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大学の練習試合はSさんと何度も見に行っていたが、巨体の外国人も多い社会人の試合は迫力が違った。肉体がぶつかり合う鈍い音、飛び散る汗、青空高く上がる楕円のボール、声援。

私は自分が楽しむより人が楽しむのを演出したいタチで、このシチュエーションが心から嬉しい。Sさんも、練習場での観戦は初めてとあって喜んでいる。いい笑顔のまま、ガサゴソとバッグから何か取り出した。さっきコンビニで買ったおにぎりである。目にそれが飛び込んでくる。

「さば」

目の前の肉体美ラガーマンVS「さば」にぎりを取り出す彼氏(ちなみに、Sさんは細身で、私より体重が軽い。いや 私が重いという話でもあるが)。

対比とかそういう問題ではない。ただ、

「さば」

って。。ザ・庶民?何というのか、それが愛おしかった。「さば」おにぎりをほおばって、屈強なラガーマンたちの真剣勝負をあこがれの目で見つめる、私の彼氏。それを愛おしく思うって、ああ、これが情?愛?

さて、ちょうどセンターライン近くで見ていたのだが、目の前にリコーの控え選手たち?が3、4人座っている。そこにまた4人ぐらい、ズラズラと通りかかってくる一団がいた。座っている白人の方と1人、また1人と笑顔で握手している。「久しぶり!」「元気でやってるか?」的な感じで。

目の前のその光景を微笑ましく見ていたら、最後に近づいてきたおじさんがエディー・ジョーンズさんだった。びっくりした。

「ホントにエディーさんだったよね!」
「エディー・バウアーでエディーさんだね!」
と小声で興奮の会話を交わしつつ、「さば」を食すSさん。試合後もラガーマンたちは子どもたちにサインしたり、ファンに優しい。Sさんと私も「おつかれさまでした~」と、なぜか番組ADのような声掛けで、グラウンドを出るラガーマンたちをいたわった(屈強、鍛えまくりのラガーマンに「おつかれさま」もないものだが)

フワーと幸せな気分で、トイレが近くなったSさんとあわててコンビニにダッシュ、その後、多摩川河川敷を歩いて二子玉川から溝の口へ移動。広い河川敷を二人で歩く、幸せだった。

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溝の口では「たまい」で赤玉ポンチを決めて帰った。気心の知れた大好きなパートナーと呑むお酒は、誰にも代えられない。不思議だ。彼とはまだ会って3年も経ってないのに。10年以上付き合っている女友達とは違う安心感。

私は、元夫のことは忘れたが、元夫とこういう風にさわやかな青空の下で幸せな時を過ごして「いつまでもこんな日が続けばいい」と思ったことは覚えている。

だから、不安になる。「いつまでもこんな日が続けばいい」は、今はそうできると信じているけど、人と人の間で、何が起こるかは分からないこと。

でも、だからといって「こんな日」が終わることを恐れてどうするというのか。底から、その日を楽しめばよいではないか。私はすぐ弱気になるが、意識はそう持っていきたい。


15日 日曜日。
Sがラーメンを作って二人で食べる。今日は疲れて外出したくないというので私も前から懸案事項にしていた個人年金の書類やらに取り掛かることにする。

「疲れて外出したくない」とは半分本音だろうが、今日はラグビー日本選手権の日であった。「J-SPORTS」のラグビーパックに加入したS、オットマン替わりのラグビー観戦用簡易折り畳みイスに足を乗せて観戦、ご満悦である。いや、いいのである。彼の休日は彼のものだから。しかし、

●その、やけにご満悦な光景+昨日の「さば」の残像(あれ?)
●ここ数週間、だれも変わってくれない仕事で会社の鍵を閉めて帰る生活の疲れ
●会社忘年会で、何一つ幹事仕事やこまごましたことを手伝ってくれない後輩男(真っ先に「おつりあります?」と諭吉を差し出してきた)
●「出産・マイホームの予定あります?」「あと何年働けます?」「その予算で利回りそんなの挑んじゃいます?」と、人の人生にズカズカ踏み込んでくる年金積立WEBシミュレーション(元々こういうの苦手で…)

といった、小さな自分の「ムカっとポイント」がポイントのように少しずつたまっていたのであろう、

「(仮)ねえねえ、ニーサと積立ニーサって何が違うの?」

的な質問に、目の前の帝京VS流通経済大学戦(息詰まる熱戦)に水を差されたと感じたか、Sは

「だからさっき自分で申込書出してたでしょう。それをさっさと書いて出せばいいんだよ」

的な、つっけんどんな答えに、ムカっとポイントが満期となった。

男女とはたったこれだけで、残り半日を険悪にできるのである。

「その突っかかった言い方は何だ、私はもう少し優しく教えてほしいんだ」
「だから教えてるじゃないか」
「口数って何とか、そういうのから分からないんだよ私は」
「じゃあやらなきゃいい。泣いてやるようなものじゃない、やめればいいんだ」
「私だって将来のこと考えてるけど苦手だから教えてっていってるのに、バカにしたようなその口調はなんだ」

そして今(午後11時)に至る。私はここでPCを打ち、Sは布団で私が貸した向田邦子『思い出トランプ』を読んでいる。そのままお休みも言わず寝るのであろう。そして鼻の悪い私のいびきは、ラブラブなら「昨日もうるさかった~」「ごめ~ん☆」で済むだろうが、険悪のままであれば凶器と化すであろう。

狭い部屋だと家庭内別居も大変だ 笑
ただでさえ、明日からの仕事を考えてキリキリする日曜の夜である。
エディーさんの人心掌握術にあやかりたい。

と、机に何か置いてある。

『マンガでまるっとわかる!投資信託の教科書』
Sがそっと置いたらしい。ちら見すると、Sはアイマスクをして寝ていた。

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