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ぜんざい公社【二代目桂小南の噺】

あらすじ

里井甘吉(さといあまきち)という38歳のサラリーマンが、ふと、ぜんざいを食べようと、「ぜんざい公社」を訪れました。
ところが、この公社というのが、いかにもお役所。あの書類が必要だ、この書類が必要だと、里井は、様々な窓口をたらい回しにされてしまいます。
そして、最後にようやく、ぜんざいにありつけたのですが……!?

コメント

噺自体は、明治30年代に三代目桂文三が作った、上方落語の『改良ぜんざい』がベースとなっていますが、戦後、桂米朝がこれを現代風に焼き直し、さらに、二代目小南の功績によって、東京の落語家も演じるようになりました。
「電電公社(今のNTT)」や「専売公社(今のJT)」など、「~公社」の多くは民営化していますが、お役所仕事がカッチコチに堅い、マニュアル化しすぎているというのは今も変わらず。その、お役所仕事を風刺した内容や、たった一杯のぜんざいを巡る冒険のシュールさが受けて、今では、東西問わず演じられる人気作になっています。
ちなみに、二代目小南は、かつて、電電公社のCMにも出演しており、寄席などスポンサーがつかないところでは、このことをマクラにすることが多かったようです。ぜんざい公社の場所も、寄席や出演番組などにより、アドリブで変えていました。
マクラから噺に入る所の、二代目小南のツッコミ、要所要所で垣間見えるハイテンションにも注目です。
(電電公社のCMのリンクも貼っています。冒頭の20秒くらいです)


ぜんざい公社

え~、どうぞ、しばらくの間、ご辛抱のほど、お願い申し上げます。え~、考えてみますと、まあ、なんでございますな、昔ありました商売で、え~、近頃まるっきりなくなってしまったというようなお仕事、商売も沢山ございますが、ある、えらいお方に聞きましたら、ずいぶん面白い仕事があったようでございますな。

冷やし飴。麦芽水飴(または米飴)を湯で溶き、生姜の搾り汁や卸し生姜を加えた飲料。これの温かいバージョンが、「飴湯」である。

え~、仕事だけでなく、ご商売だけだとしますと、この~、飴湯、売っていた方がいらっしゃったそうですなあ、飴湯、飴をこの、あったかく、熱くして、こう……木陰か何かで夏場売ってたそうですなあ。今までのような、この、アイスクリームなんてもんはございませんから、暑いときに、どういう訳で、熱い飴なんか飲んだんだろうと思ったら、それが熱いんで、他の暑さをかえって忘れたんじゃないかと思います。けどなあ、そういう商売がありましたそうで。

お汁粉。

それからこの、面白いのが汁粉屋さーん
えー、この頃、汁粉屋さんと言ってもないことはないんですけども、汁粉専門店というお店が、あんまりありません。私ども、今申しましたような、このぉ~、あのぉ~、若い時分にはありました。あっ、今から、5,6年前の話でございますけども~、あの~、「びっくりぜんざい」というのもありましてなぁ~、覚えてらっしゃるお客様もかなりいらっしゃると思いますかな、今日は。あの~、ラーメンのような丼でしたよ。で、そこへ、汁粉が入っておりましてね、その、餅の、大きな座布団のような餅が、ドカーーーンと載っているんですよ。で~、餅は薄かったんですけど。びっくりすりゃいいんですから。
とにかく。うまかろうが、まずかろうが、とにかくびっくりさせればいいんですからぁ~。「びっくりぜんざい」というのがありまして、私ども、もう、それを楽しみに……そのびっくりぜんざい食べに行ったもんでございますがな。

でー、この汁粉屋さんの今日の噺なんですがー、『ぜんざい公社』という噺で。まあ、今、色々と、税金問題で騒がれておりましてな、えらいお方もあちらの方へおいでになったりしていらっしゃいますが……何とか税金を上げようじゃないかというので、まあ、この、ぜんざい公社という。ただ、ぜんざいだけでは売れないから、「公社」ですな、専売公社(今のJT)ですとかな、あるいは、電電公社(今のNTT)。あーいう形式でぜんざい公社でやったら売れるだろうと言って、このぉ~、始まった噺でございますが~、まあ、それにしましても、この~、宣伝が肝心でございます。まあ、テレビなんぞもまあ、ご覧になっておりますとまあ、次から次へと、まあ、いろんな宣伝がやかましいもんでございますが。えーっと、なんだ、今、ここに貰ってきたものは。

(パンフレットに見立てて。手ぬぐいを広げる)
なに、ぜんざい公社。
いよいよ始まったね、こりゃ。お砂糖でもうんと食べさして、税金を上げようという。
――ぜんざい公社。高層建築で食べるぜんざいの味は格別です。
何処で食べたって、おんなじだと思うよ。
――ぜんざい白書。
ふははは~、やっぱり違うねえ。「白書」って。
――ぜんざい白書。我が国において、1年間に消費されるぜんざいは、およそ、168千938杯。
どうやって勘定したんだろうねえ。コンピューターか何か打ったのかな?
――大体において、12,3歳から17,8歳の婦女子が89%を占め、成人男性、わずかに2%。健康上、ゆゆしき問題だと思われる。成人男子よ、ぜんざいを召し上がれ。ぜんざい公社。
はは~、へぇ~、ぜんざいは何か栄養があるのかな?
――蜜豆はお口のアクセサリー。
蜜豆、口の上にぶら下げて歩くのかな?
 

里井甘吉(さといあまきち:以下「里」)「こりゃ、何処だったかなあ? えー、赤坂、TBS裏としてある。ほぉ~、言われてみると、10年くらい食べないなあ。やっぱり何か、栄養とかあるのかもわからんな。久しぶりに食べてみるかな。へへへ」

画像はイメージです。

里井甘吉(さといあまきち:以下「里」)「こんちわ~!」
窓口の人(以下「窓」)「おぃ!」
里「あの~、ぜんざい公社はこちらですか?」
窓「そうです」
里「あの~、ぜんざいお願いします」
窓「正面の受付へどうぞ」
里「……あっ、そうですか……(小声)」
里「うっわ~、公社ともなると違うね、すごいね、いひひひ、受付。あっ、こここここ……こんちわ!」
受付(以下:受)「ふゎい」
里「あの~、ぜんざいをお願いします」
受「ぜんざいがご希望ですね
里「ご希望? ご希望って程でもないんですけどね。蜜豆でもいいんですけどね。ここ、ぜんざい公社だから、ぜんざい食べようと思って来ました」
受「しょゎ、あの~、6番の窓口へどうぞ」
里「……あっ、そうですか? 銀行みたいだね。うっわ、すごいな~、なるほど。6番。これだ」

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(6番窓口まで来る)
里「こんちわ~!」
6番窓口の方(以下:⑥)「うぃ~」
里「ぜんざいお願いします」
⑥「ぜんざい食べたいと仰るのは、あなたご本人ですね?
里「代理人が食べても美味くないと思うんですが……
⑥「どなたか、付き添いの方いらっしゃいますか?
里「今日、幼稚園の入学式じゃないんですが……。あの~、1人です
⑥「この次から誰か一緒に来てください。では、書類を作ります」
里「いや、違うんです……。あのね、わたし、ぜんざい食べに来たんです
⑥「わかってます。こちらは公社ですから、いい加減なこと出来ないんです……」
里「あっ、そうですか……」
⑥「どちらからおいでになりました?」
里「えっ?」
⑥「……東京都、なに区です? 中野区? 郵便番号は? 165……ゴホン、中野区何処ですか?
里「新宿3丁目」
⑥「中野区新宿3丁目、はい」
里「赤坂6番地
⑥「まった、難しい所が出ましたね。お名前は?」
里「里井甘吉
⑥「サトイ……あまあまあま、アマキチさんね。えーっと、年齢は?」
里「38歳!
⑥「38歳……お仕事は?」
里「会社員」
⑥「会社員。ヒラですね
里「……何だっていいでしょう」
⑥「顔見りゃわかりますよ……。あんたの顔はヒラ顔です
里「ヒラガオォ!?
⑥「ご家族は?」
里「……ここ、警察ですか?」
⑥「いや、ぜんざい公社ですよ」
里「ご家族なんか、いりますか?」
⑥「万一の場合に、連絡する必要があります
里「万一……!? 万一何かありますか?」
⑥「ちょいちょい、ありますから
里「……ちょい、ちょい!? 家内に、子供は2人おります」
⑥「4人家族ですね。それで、38歳で、4人家族でヒラ。それでぜんざい食べるの? お住まいは平屋ですか? 一部2階ですか?
里「……(溜めて)アッパーーーーート! ですよ(バイきんぐの小峠さん風に)」
⑥「大きな声しなくたっていい……自分でうち持ってるんだのような顔しなくていいんですよ!? アパートの名前は?」
里「くいた荘!
⑥「……なんですか?」
里「くいた荘!」
⑥「……くいたそう!?」
里「くいた荘、って!」
⑥「税金は滞納してないでしょうな?
里「……ぜんざいと税金とどういう関係があるんですか?
⑥「公社ですから、調べればすぐわかりますよ」
里「はいっ!」
⑥「実印出してください
里「……なっ、なっ、なんにもないんです……」
⑥「この次から持ってきてください。では、拇印でいいから推してください。はいっ、8番の窓口で100円納めてください
里「あっ、そうですか」

画像はイメージです。

8番窓口を探す)

里「えんっと、8番、8番……。すいません、おねがいします……」
8番窓口の方(以下:⑧)「はい~、どーぞ。中野からいらっしゃいましたね!? 里井甘吉さん、38歳、会社員、ヒラですね!?
里「……あのね~、ヒラヒラ言われたくないんです……」
⑧「いや、書いてありますからね。たった1杯ですか?
里「はい」
(元の受付に戻る)
里「あっ、どーも。はい、あのぉ~、100円納めてきました」
受「はい、ごくろーさん。ん~、え~、診断書がいるんですがね……
里「……は?」
受「健康診断書がいるんです
里「……健康診断書!? そんなもん、いるんですか?」
受「ええ、後でまた裁判沙汰になると困りますから
里「えっ、どっか、病院行って貰ってきますか?」
受「中に診察室があります
里「あっ、そうですか~? 何処ですか?」
受「6階です
里「……6階!? エレベーターはどちらですか?」
受「電力節約の為に、エレベーターはありません」
里「6階まで歩くんですか?」
(ぼそっと)「しょうがない。行ってくるか、こりゃ。乗りかかっても下りたらなあ」

画像はイメージです。

(シューーーン)
里「出た。あー、くたびれた。足が丈夫じゃなきゃダメだ、こりゃ。えー、あー、診察室。あった! あった! 夕食の為、6時30分まで休憩。……って、なんだ、こら!?」
医者(以下:医)「やー、お待たせしました」
里「先生、すいません、あのね~、あの~、あたくしね~、ひゅいっとぜんざい食べようと思ってね~、うっかり入ったんですよ。ぜんざい公社へ」
医「わかってますよぉ~。あたくしはそれだけの為にしかここにおりません。全部わかっております。……診察します。はいっ、おかけ。おかけ。おかけっちゅってんの。なに走り回ってんの? このひと……。かけっこじゃない。おかけっちゅってんの! わからんね! このひと……。あっ、椅子に……あぐらを……ほらっ! ひっくり返った。……危ないっち……。っち……猿股(パンツ)ちゃんと穿いときなさい。横からジャガイモか何か出すんじゃないよ……。上半身裸になって……、上半身裸になって……、上半身! あんた、下半身裸になって何すんの? 何か間違えてるんじゃないの? こっちを向いて……、こっちを……、向いてる? はっきりしないねぇ~……。どれどれ? ん~、生きてんのか? 何にも聞こえないなあ……。おっかしいなぁ~……。聴診器が詰まってんのか? ふっ! ふっ!(息を吹きかける)あっ、生きてる。向こう向いて……。向こう向いて……。(トントン……トントントン、トントン……)」
里「入ってます
医「いらんこと言わんでもいい。……っち、今日までぜんざい食べて死んだことないね?
里「はい! どうもありがとうございました、はいっ! あのぉ~、診断書、貰ってきました」
(元の受付に戻る)
受「はい、ごくろーさん。異常ないですね。いいでしょう。はい、8番の窓口で100円納めてください
里「あっ、そーっすか。はいっ! 100円納めてきました」
受「はぃ……はぃ……、里井さん!」
里「はーい!」
受「このぜんざいは、お餅を入れますか? お餅抜きで食べますか?
里「そうですなぁ……。10年振りですからねぇ……。久し振りだから、やっぱりお餅入れた方が美味いと思いますが……
受「認可証をもらってください
里「……認可証!? それ、何処行くんですか?」
受「8階です
里「……はっ、はちっ……。あのね~、あたし今6階から降りてきたばっかりなんです。どうして一緒に言ってくれないんですか?
受「その方が、お腹が空いて美味くなるでしょう!?
里「何処でも行きますぅ」
(里井、1階から8階まで階段で。その途中)
里「俺、何しに来たんだ? ああ、汁粉屋だ。角の汁粉屋で間に合わせりゃよかったょ、ほんと……。ああ、ここだ(ぼそっと)」

画像はイメージです。

【チャンチャカチャンチャン~♪ お囃子が延々と鳴り出す。これをBGMに】
(8階に辿り着く)
里「すいません。えぇ……認可証をください。すいませんが、ぜんざいの認可証ください。中野から参りました……、里井甘吉と申します……。38歳です……ぜぇぜぇ……(息を切らしながら)」
8階の方(以下:8階)「はぁ~い、えー、あぁ~、38歳、会社員……。(溜め込んで)……ヒラ!(間抜けっぽく勢いをつけて) あっ、そうですかぁ~。えー、里井さん」
里「へぇ!?」
8階「この~、お餅ですが~、生で食べますか? 焼きますか?
里「……オシじゃないんです。……焼きます
8階「火気使用許可証を貰ってください
里「……消防署行くんですか?」
8階「地下室です
里「何処でも行きます……」
(里井、8階から地下室へ行く)
里「火気使用許可証ください、中野から参りました……、里井甘吉……、38歳……、会社員……、ヒラでございます……」
地下室の方(以下:地下)「はい、里井さん……、これ、ガスにしますか? 電気にしますか? 炭にしますか?
里「……何でもいいんです」
地下「みんなおんなじですよ
里「炭!」
地下「炭置いてないんです
里「なきゃ、言わなきゃいいでしょう。……ガス!
地下「はい、どうぞ」
(里井、1階に戻る)
里「はい、貰ってきました……」
受「はい、ごくろーさん。えーっと、全部揃いましたねえ。申込書、認可証、火気使用許可証と。診断書と。……それから、えーっと、いいでしょう! はい、8番の窓口で、500円納めてください
里「あのねぇ~、200円納めたんです」
受「それは、書類の作成料でしょ。今度は、ぜんざいの代金です」
里「やめます!」
受「やめますか?」
里「はい! そんなぜんざい、高いの、食べられません……。うちで作ったら、もっと安く出来ますから……」
受「里井さん、あんた簡単にやめると仰いますのに、これだけの書類を作ったんですよ? これね、今更やめるとなると、詐欺罪で書類送検……」
里「食う、食う、食う、食う!! ジュル……」
(泣きながら、代金を支払う)
里「払ってまいりました」
受「はい、ごくろーさん。はい、これが、食券でございます。別館の食堂へどうぞ
里「……別館!? 別館って何処ですか?」
受「裏へ出ますと、バス停がありますからねぇ。3つ目で降りて、左で曲……」
里「冗談じゃないよ、ほんとに!」

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(里井、バスに乗って別館へ)
里「はぁ~、驚いた! あー、なるほどぉ~、これが公社の食堂かぁ~……。すごいね、やっぱり。綺麗だなぁ~。うゎ~! うっわ~! シャンデリア……、うわははは~……、いや~、すごい、すごいね~、え~、う~、綺麗なお姉さんがいる。おねーさん!(ポンッ、ポンポンッ)ちょっと、お姉さん……、ちょとちょとちょっと……ちょっと……」
事務官(以下:事)「何ですか、失礼な。私はぜんざい事務官です
里「あんた、事務官ですか……!?」
事「内閣直轄です
里「ぃえらいんですなぁ~!(びっくりしながら)はい、あ~」
事「そういえば、噺家で、政務次官をクビになった奴がいたなぁ……」
里「あの~、すいませんが、ぜんざいを1杯お願いします」
事「静かに、お待ちなさい
里「叱られちまった……(ボソ)あーあ、なに頼んだかわからんくなってきたなぁ~。あっ、事務官さん、お茶を1杯!
事「本館へ行って、手続きしてください
里「結構です。また地下室から8階まで、上がったり下りたりしますから……。お茶なんか、うち帰ったら、幾らでもありますから、結構です……」

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(ぜんざいがすぐに出てくる)
里「えっ! できましたか? あっ、そうそう! うっわ~、早いですなぁ。うわ、うわ~、すごいなぁ~、えっ! 入れ物がすごい。うわはは……やあ、いいお箸だなぁ、ぜんざい公社。……うふふふ。……え? うわ、うわ~、この入れ物がすごいなぁ、どれどれどれ? うわっ、お餅が入ってる~。これだなぁ、認可証は~。あっ、焦げてる所が火気使用許可証だ! ぐぇへへへ……。あっ、事務官さん、そこで見てないでねぇ~、向こ、行ってください。男がぜんざい食ってるって、あまりいいかっこじゃないんっすよ。こう、1杯、きゅっとやってるのはいいんですけどね~、ぜんざいってのは、あまりいい格好じゃ……
事「いけません!」
里「どうしてですか?」
事「皆さんが行儀の悪い食べ方をしないように、監督する義務があるんです。おぽえとけ!
里「くっちでくって……くらっ、てゃ……パン! パン! パン! ジュルジュルジュ……ギゴギゴギゴ……パン! パン! パン! ゲゴゲゴゲゴ……ジュルリ……。パン! これがお餅か……。あの~、パン! がぶ! パン! ゲゴゲゴゲゴ……、ゲゴリ……、事務官さん! ちょっとこっち来た! あのね~、ちょとちょとちょっと、あのね~、これ、お砂糖入れるの忘れたじゃないですか?
事「え?」
里「ぜん、ぜん、甘くないんです
事「それでいいんです
里「どうして?」
事「甘い汁はこっちで吸いました

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