『十角館の殺人』実写化はどうなる:創作のための戦訓講義37
※この記事には綾辻行人作品『十角館の殺人』『Another』の一部ネタバレがあります。参照にご注意ください。
事例概要
情報整理
十角館の殺人
綾辻行人の推理小説。1987年に刊行され、有栖川有栖『月光ゲーム』などとともに、いわゆる新本格推理小説ブームを生み出した一作と目されている。(日本ミステリにおける「新本格」については今回説明を省く)
物語は大学の推理小説研究会の面々が、角島といわれる場所を訪れることで始める。島にある十角形の屋敷、通称十角館で数日間を過ごすという合宿だった。角島ではかつて屋敷の設計主でもあった建築家夫妻と使用人を巻き込んだ放火殺人事件が起きていた。そして合宿中、次々と研究会のメンバーが殺害されていき……。
以降、『水車館の殺人』『迷路館の殺人』と特徴的な屋敷での事件を描く『館シリーズ』が綾辻行人の代表的な作品群となっている。
映像化不可能
本作が映像化不可能と言われるゆえんは、要となるトリック部分に叙述トリックを用いているためである。
叙述トリックとは視覚情報を持たない文字媒体で構成された小説作品の特徴を活かし、読者に認識の齟齬を与えるようなトリックである。例えば、読者に男性と思われていた人物が女性であり、実はそのことは描写を追っていれば気づいたが、さらっと読むだけでは分からない、というような。
大抵の「映像化不可能」と謳われるミステリ群はこの叙述トリックが原因であるため、一定のファンであれば謳い文句の時点ですぐに気づく。また帯に「二度読み必至」「最後の一文でひっくり返る」などと書かれた場合も同様。ハマった際の効果は甚だしいが、一方でキャッチャーな手法でもあるため安易に多用された場合、読者を幻滅させうる。
あくまで私見だが、現代において叙述トリックを用いるならば相応の研究と応用は不可欠だろう。というか、やらないほうが無難ではある。ミステリファンならば叙述トリックを用いた幻滅するような作品を読んだ経験は一度ならずあるだろう。
裏返せば『十角館の殺人』は新本格ブームを作ったと同時に、叙述トリックの快感を多くのミステリファンに刻んだ作品だとも言える。
前例はあるか
いわゆる「映像化不可能」と言われる作品が映像化されるケースは存在する。ネタバレになるのであまり多く例は出したくないが、同じ綾辻行人作品なら『Another』がそれに該当する。
映像化不可能とは「視覚情報化不可能」の卑近な言い換えであるため、実写映像のみならずアニメ化、マンガ化なども不可能というニュアンスを持つ。『Another』はアニメ化、実写映画化、マンガ化の三本を同時に達成した稀有な作品である。原作ふくめそれぞれに微妙に結末が異なるので余裕があるなら適宜確認したい。
『Another』の視覚映像化の際には、詳述は避けるがアニメを基準に描写を行われている。アニメ絵におけるいわゆる「キャラがみんな同じように見える」と言われるような性質を利用し、トリックの視覚映像化を行っている。アニメ……というより二次元表象のデフォルメ化と情報省略の特徴を利用しつつ、原作から無理に変更せずある種の力技で映像化を行った形だ。
『十角館の殺人』は既にマンガ化が行われている。漫画担当者は『Another』漫画版と同じ清原紘であり、おおむね同様の手法をブラッシュアップして使用されている。
個人見解
叙述トリックの映像化は、同じ綾辻作品において既に実績があるため、まったく不可能だとは考えていない。特に『十角館の殺人』と『Another』のトリックは類似性が高いため、同じような手段は取れるだろう。
とはいえ、それは『Another』アニメなら2012年のこと。2024年の作品ならば、ここでもうひとつ洗練された手法を発揮することを期待したい。まあ、勝手に期待を語る私もどうすればいいのかまるで想像つかないのだが。
歴史的作品とはいえ古い作品のリブートとしては既に漫画版が存在するが、実写映像作品でないと見ないという人も一定数いるため、その点からも意義のある作品ではあるだろう。だからこそ高いクオリティを期待する。Hulu独占配信なのが困りものだが、さてどうするか……。
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