「インスタレーション」 紙城境介『シャーロックアカデミー Logic2 マクベス・ジャック・ジャック』:創作のためのボキャブラ講義22

本日のテーマ

題材

「〈劇団〉の犯罪とそのフォロワーである後継者犯罪には、共通した特徴があるんだよ。本来の犯罪には必ずあるはずの、『動機』が存在しないっていう特徴がね」
「動機がないぃ? アホな。ほんならなんで人殺したり物盗んだりしよんねん」
「本人たちが言うところには、彼らの犯罪は芸術だから。現代アートの一種として扱ってるんだよ。あえてジャンル分けするとすればインスタレーションが近いのかな――とか言っちゃうと、アート界がマジギレしてくるんだけど」

(第二章 探偵が顔を合わせてさてと言い)

意味

インスタレーション installation
 現代美術における表現手法のひとつ。作家の意図に沿って空間を演出することで空間全体を作品として体験させるようなもの。


解説

作品解説

 以前紹介した探偵学園ミステリ『シャーロックアカデミー』の続刊から続いての単語の紹介と相成った。前回は探偵学園を舞台に探偵たちの競い合いを描いたが、本作では舞台を一転、孤島での殺人事件に挑む。

 主人公の不実崎未咲は犯罪王として世間を震撼させた男の孫。モリアーティもかくやという犯罪の黒幕である犯罪王は伝説的な犯罪計画書を残した。そのひとつが「マクベス」。大富豪大江団三郎はその計画書を入手し、リアリティショーのネタとして利用することで探偵たちを競わせるゲームを開催するのだが……という流れ。

 シェイクスピアの四大悲劇になぞらえた題名が付された計画書。過去に何度か使用され、そのたびにタイプの異なる密室殺人を生み出したとされる計画書を孫が追うのが物語だが、それ以前の設定として犯罪王の組織〈劇団〉の犯罪の特徴が語られたのが題材の場面である。

動機の個と社会性

 そもそも動機、というものが掴みづらい要素ではある。本格ミステリにおいては動機など二の次ともよく言われる(実態はかなり違うはずだが)。そもそもテーマ性を提示したいというのも動機になりうるはずでもある。

 ただ作中の描写を追うに、「事件全体を通して伝えたいこと」がテーマ性として存在する一方、「被害者の選定基準として犯人が持つもの」としての動機がない、という感じか。例えるなら黒人の犯人が白人の差別的振る舞いに抗議して連続殺人を犯したとして、テーマ性に沿って白人を被害者に選定するが、犯人個人を虐げた人物を特別に選ばない、というような? まあこのあたりは作品が続くにつれて描写が増していくところだろう。

 作中では一応、いくつかの例示がなされている。コロナ禍で起きた〈リモート会議連続殺人事件〉などがその例とされている。そこで動機として恨みや損得は存在しないとされているので、ここで言う動機はいわゆるクイボノのことを指すと思われる。

芸術家の支配力

 インスタレーションは言わば、美術館に置く作品一個を芸術家が用意するのではなく、美術館の展示室ごと芸術家がデザインするようなものだと考えられる。とはいえそれ自体は、現代ではかなり一般的という気もする。まあ個展とかならともかく、普通の展覧会では展示室のデザインはキュレーターの仕事だろうから、まだ芸術家個人が空間へのイニシアティブを握るのは珍しいのかもしれないが。

 空間に対する支配力や権力をインスタレーションでは芸術家個人が持っていると考えるなら、犯罪における同様の立場に犯罪者は立っているというのがここでの考え方であろう。犯罪を芸術として捉える犯罪者の存在は古今東西のミステリで多く扱われているが、芸術的概念と犯罪をきっちり通底させるのは珍しい。まあ犯罪芸術家なんて三下みたいな存在が出てくるのは三流ミステリばかりだから、という事情もあるだろうが。

 本作の舞台はクローズドサークル、つまり嵐の孤島。さらに密室殺人に、島全体を探偵たちの推理開示を補助する映像投影システムが暴走し幻覚に包むという何重にも犯人のイニシアティブを発揮させる構造になっている。空間に対する犯人の権力性を明確化した舞台だと言えるだろう。

作品情報

紙城境介『シャーロックアカデミー Logic2 マクベス・ジャック・ジャック』
(2023年8月 KADOKAWA)


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