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M&Aプロセスのポイント(売り手向け): ②案件開始~一次入札

オークション方式を前提に、案件開始~一次入札までのポイントをまとめたい。先日、日経新聞でセブン&アイが保有するそごう西武を売却する記事が1面に出ていましたが、真にM&Aプロセスが開始される、という状況です。

リミテッド or オープン・オークション

不要な情報漏洩を避けたいケースが多いことから、リミテッドになるケースが多い。理由は、売却情報が洩れると、従業員が動揺したり、取引先が警戒するなど、事業に影響が出るから。完全オープンにして案件をばら撒き、レーダーに掛からなかった買い手からの興味を集めると言ったメリットが考えられるが、経験上効果はあまり無い。従って、リミテッドにして、売り手側が声をかけたい候補や既に興味を示していてプロセスに参加する意欲のある買い手にだけに声をかけるやり方が好まれる。

Teaser(ティーザー)

PPT 1枚~3枚程度に要約した会社概要。ノンネームシートと呼ばれるらしいが、正直あまり使ったことはない。Teaserですね。「Tease」は「じらす」という意味。ただ、Teaserも正直あまり使わなかった。案件開始前に、投資銀行やM&Aブティックは、自作のCorporate Profile(中身はTeaserと同じ) を作成し、Sell side FAのピッチを想定して、事前に買い手候補の興味を集めている。本命の買い手の意向・本気度を知っていると、ポイント加算になる。従って、興味のある買い手候補は、Teaser情報は不要で、案件開始を意味するNDA配布を待っている。但し、案件の噂を聞きつけた初めての買い手や投資会社からの問い合わせ対応のため、Teaserは準備しておく。

NDA

別途まとめたので、リンク参照。https://note.com/ak_id/n/nbacf74f52f64

ポイントは、売り手はNDAで発生する義務はないはずなので、買い手からは差入式で受領すること。NDA受領後には、Process LetterとIMを配布できる状態にしておく。

Process Letter

オークションプロセスの概要をまとめたレター(4-5枚程度)。1次入札用、2次入札用の2種類用意する。1次を通過できなかった買い手候補は、2次入札用のProcess Letterを受け取れない仕組み。NDA後しか配布されないので、IMと同様に外には出回らない資料。

入札内容としては、買収目的・買収者、買収価格(Cash Free/Debt Freeベース)・その根拠、買収後の事業戦略、役職員の処遇、買収資金の手当て、DDリクエスト、今後のスケジュール、一次入札に必要な決裁手続きなど、が求められる。売り手にとってのポイントとして、

①対象会社の意向も反映: オーナー系企業でない場合、株主≠売却対象会社となるので、入札内容の評価が株主と対象会社で異なることがある。オーナーにとっても、売却対象会社にも気持ちよく卒業頂きたいので、売却会社の気にするポイント(買収後の事業戦略・従業員の処遇など)も入札内容に入れるのが良い。

②R&W保険: Clean Exitを目指す投資会社、売却後の補償を回避したいオーナーにとって、買い手が購入する表明保証保険(R&W保険)は魅力的。但し、買い手が購入するかどうか不明なので、R&W保険購入をディールの前提とするケースがある。具体的には、Sell-Buy Flipといって、最初に売り手側で標準的なR&W保険を用意し、2次に進む時点で買い手にそのまま渡して保険会社と交渉してもらう。買い手としては、保険会社を勝手に指定されるので、嫌がることもあるが、いずれにせよR&W保険を購入してもらえれば売り手としては問題ない。但し、R&W保険は少なくとも取引金額100億円(日本で取り扱う保険会社も増えて、もう少し下がったかも)以上なので、中小M&Aでは対象外のこともある。

③禁止事項: Process Letterには、買い手にやってはいけないこと(例:案件目的で売却会社経営陣や従業員に勝手に会ったり、勧誘したりはダメ)を記載する。売り手にとっては、良い条件で買収してくれそうな有力な買い手であれば、買い手のリクエスト内容次第だが、応じることもよくあるので、公正にプロセスを進めるのも良いが、case by caseで対応しても良い。(既に取引関係があり、陰でやり取りするケースはよくあり、売り手も見て見ぬふりをすることもよくある)

IMの配布

会社概要書(50-100枚程度)。目論見書+事業計画のような内容で昔はWordで作成していたが、最近はPPTでビジュアルよくまとめる。また、マネプレ時にもリサイクルできるので、最近は圧倒的にPPTで作成。

内容としては、企業情報、沿革、業界動向、市場分析、競合分析、事業内容、製品・サービス内容、グループ会社・拠点・店舗の状況、組織体制、キーパーソン、財務状況、事業計画など。どれも重要だが、価格に直結する事業計画が最も重要。譲渡スキームが複雑な場合、取引概要を記載しても良い。

売り手にとってのポイントは以下の通り。

①インベストメントハイライト: 買い手が社内用資料を作成する上で参考になるので、買い手目線ではあると便利なので、作った方が良い。

②スキーム: カーブアウト案件であれば、売却対象会社の子会社を含め、カーブアウト対象をヒト・モノ・カネの切り口で簡単に説明してもよい。スタンドアローンイシューTSA(Transition Service Agreement)の有無、その詳細については、DD以降に説明するという対応でOk。

③Adjusted EBITDA: 未上場企業であれば、節税対策等で利益が意図的に少なく計上していることがあるので、それらを控除した本来あるべき姿の実態利益を記載するのが、売却価格最大化の観点から良い。

④強み・成長ポテンシャル: 買い手にとって想定通りの魅力的な会社かどうか、買い手のM&A担当は社内を説得する必要もあるので、しっかり強み・成長ポテンシャルの説明を行う。定性的な内容にとどまらず、それを裏付けるKPIや財務数値へのつながりも示せればベター。社内データを活用して、グラフなどでうまく表現するのが良い。また事業計画を作成する上でのベースとなるKPIにもなれば、ロジックは立てやすい。

⑤マイナス面も誠実に: 過去にあったマイナス面も誠実に説明する。1次の段階なので、すべて開示する必要はないが、Dealに影響を与える事象であれば、頭出しをしておく必要はある。詳細は2次プロセス以降ということで。

⑥マネプレへの活用: 昔はマネジメントプレゼンテーションとIMは別物だったが、最近は同じスライドを使用するケースが多い。もちろんプレゼンしづらいところもあるので、マネプレ用に少しadjustは必要。IMの内容もそうだが、直接当事者が会うマネプレの資料内容について、ガンジャンピングに抵触しないようにリーガルチェックを全体的に受けておく。

⑦事業計画: 何といっても価格に直結するので、重要。買い手がDCFで少しモデルを組みやすくするために、売上高/原価の内訳(商品・製品別など)複数事業があれば、Sum of the Partsを想定して、事業別FCFが出せるように事業別PL・設備投資計画・運転資本(棚卸・売掛・買掛)の実績を用意。PPTに張り付ける表のエクセル版を用意して上げると、親切。数値は、値張りでもOkだが、簡単な計算式は残しても良い。

⑧Comps: 小手先だが、競合分析のところでCompsとして使って欲しい上場企業(もちろんマルチプルが高い企業)を載せておくのもあり。また、Benchmarkとしている類似M&A取引(もちろんTransaction multipleが高い)もあれば、それもどこかにひっそりと忍ばせておくことも。

一次入札までのイベント

Q&Aセッションやマネジメントセッション(or マネプレ)を設ける場合があるが、買い手が多くなると大変なので、Limited Auctionに限って行うことはある。但し、Q&Aもハイレベルな質問に限り、質問個数(例:20個)も限定するのが一般的で情報もIMの範囲なので、詳細はDDで開示と答えることは多い。

一次入札

入札期限を日本時間●月●日●時(12時 or 17時など)まで、ときっちり決める。サイン入りのPDFファイルで、買い手はメールで売り手FAに送付する。比較表を作成して、どの買い手を次のステージに進めるか、合否を決める。通過する社数は、売り手のDD対応力や情報管理などを踏まえ、決めるが2~3社が通常。もちろん、2時以降、オープン型で実質相対のように1社のケースもある。入札の中で、いくつかポイントがあるので、代表的なものを挙げる。

①一本値 vs レンジ: レンジで出す場合は、下限を入札価格とみなすとProcess Letterで規定することがある。買い手or売り手FAの両方の経験があるが、一本値 vs レンジのどちらが良いとは一概には言えない。レンジで提出する買い手も多く、その場合、売り手もレンジの上限は無視すると言いつつも、人間なので若干気になることは事実。

②買収後の事業戦略・期待するシナジー: 事業の親和性に繋がるので、売却対象会社としては知りたいところ。買い手FAの中には、売り手が過剰な期待をするので、売り手にシナジーを見せない方が良い買い手に助言する方もいる。だが、売り手からすると、シナジーと価格は別物と扱うので、正直意味はない、と思います。むしろ、買収後の事業展開方針は対象会社が気にするポイントなので、売り手にとっても純粋に知りたい内容です。

③売り手が求める条件への買い手の考え: 経営陣や従業員の処遇など、価格以外で売り手が気にするポイントへの考えも確り抑えておく。

④想定外の提案: 売り手が想定するスキームと異なったり、Earn-outを入れたりなど、買い手によっては独自の提案をしてくることがある。自分も買い手FAの際は、クライアントの意向・目的を踏まえ、プロセスレターに捉われない提案を考えることも多々あった。売り手にとって、デメリットがなければ、前向きに検討するのが良い。但し、apple to appleで比較できないことも多く、受領後に内容確認を行った方が良い。

⑤2次に進む買い手の社数: 2次にDDへの負担に直結する。2~4社と言われるが、4社は正直きつい。外部専門家にDD対応をヘルプできる場合はあり得るが、最大3社が現実的な社数という印象。社数が多いと、進めていくうちに扱いに差が出てくるので、留意が必要。

⑥オープン型相対取引: 1社しか良いBidが出てこなかった、複数の買い手DDには対応できない等、売り手にとって2次以降相対の方が好ましいケースもある。但し、買い手に独占交渉権を渡した瞬間から売り手の交渉力はゼロになるので、この場合、オープン型相対取引に持ち込む。オープン型相対取引は、実質相対取引だが、その事実を買い手に伝えない、もしくは買い手に伝えるとしてもプロセスをオープンにしておく(良い買い手が登場すれば、周回遅れでもオークション方式に切り替える)。そうすることで、買い手に競争環境を意識させ、売り手の交渉力がゼロにならないようにする。

⑦プロセス中断の判断: 何度か経験があるが、良い入札が出てこなければ、一度この時点で売り手としてはプロセスを進めるかどうかの判断をするタイミング

1社から、そこそこの入札内容を提示し、2次入札に進めるためにその買い手と価格引き上げ等の交渉をすることもある。この場合、買い手は競争環境がないことに感づくので、容易に首を縦に振らないので、売り手としては独占交渉権を渡す覚悟も必要となる。

買い手もDDとなると、専門家を雇いコストが発生する or DDで中身を見ないと本当に買収するかの判断ができないので、更に突っ込んだ金額を上乗せするという判断は難しい。

独占交渉権を渡せば、1次入札時点で少し条件の引き上げ余地はあるが、それ以上のUpsideは望めず、DDの結果、売り手としては後出しじゃんけんのように2次入札で更なるDownsideを受けることも当然ある。それを承知の上で、プロセスを最後まですすめるかどうか、今一度このタイミングで検討が必要。

2次入札にむけての事前準備

IMとプロセスレターを配布後、1次入札まで約1か月はあり、その間売り手はDD対応の最後の準備に集中する。ベンダーDD対応、DD資料集めとVDRへのアップロード、マネプレ・サイトビジット準備、2次プロセスレター・DD実子要領の準備など。特にベンダーレポートは、そこそこ規模の大きな案件の場合、対象会社やその業界への知見が薄い買い手(投資会社など)や対象会社のDD負担軽減のために、用意するケースがある。

次回は、DD開始以降をお伝えします。

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