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FTPとトレーニング負荷量の関係性についての一考察

こちらの記事はみなさんよりコメントをいただき、資料の改良を進めていきたいと考えているため、修正履歴の表示を行っています。
より詳しい修正内容については、目次「修正履歴」に記載します。

2023/12/26:Excelの仕様上の回帰式不正確の問題を修正



今回は今まで読んできた論文や書籍を元に、トレーニング負荷(量と強度の掛け合わせ)とFTPの関係について考察していきます。

「このくらいのトレーニング負荷量で、FTPはだいたいこれくらい」ということをお伝えし、皆さんが目標とするレースや大会に向けてトレーニングを行う上での一つの目安にしてもらえると幸いです。

結果のみ見たいよという方は、目次より体重別の結果へ飛んでみてください。



トレーニング負荷量の把握:TSS

どれくらいトレーニングをすれば、どれくらいFTPが上がるのか?

その目安を検討するためには、トレーニング負荷量の情報が必要です。

例えば心拍数や走行距離もトレーニングをモニタリングする有効な方法なのですが、今回の記事ではトレーニングの量(時間)と強度を上手く反映している、パワーメーターをもとにした「トレーニングストレススコア(TTS:Training Stress Scoreの略、以下TSSと記載します)」を元に分析を進めていきます。

TSSについては以前の記事でもご紹介していますので、もう少し詳しく知りたくなった方は是非ご覧ください。

ざっくりご説明すると、TSSはパワーメーターの計測記録をもとに皆さんのFTP(1時間維持できるパワー)を基準としてトレーニング強度を求め、それに時間をかけ合わせることで数値がはじき出されます。

Stravaなどの有料会員であれば、ライド記録にこの数値が自動で計算され表示されています。(Stravaでは「トレーニング負荷」と表示されています)

TSSについて詳細を説明し始めると長くなってしまうのでここまでにして、今回の記事で理解しておいてもらいたいことは、

  • 1時間FTP強度で巡行するとTSSは100になる

  • トレーニング強度が下がる毎に、加速度的にTSSは小さくなる(強度の二乗の割合で小さくなります)

  • このTSSの6週間分の記録(厳密には12週間分)が、「長期トレーニング負荷(CTL)」という皆さんのトレーニング実践度を表す値になる

  • つまり、日々のTSSの積み重ねが長期トレーニング負荷(CTL)となる

  • (補足):長期トレーニング負荷(CTL)は、最近のトレーニングが強く反映されるよう指数荷重移動平均という計算が行われている


例として私の富士ヒルクライムまでの3カ月間の長期トレーニング負荷(CTL)の推移を上の図にお示ししました。

3月までは仕事の関係でトレーニングが行えず長期トレーニング負荷(CTL)は12ほどで推移していましたが、3月以降にトレーニングを積んでCTLが56の状態で富士ヒルに挑みました。

TSSは実際に使っていくと、誰かとトレーニング状況を共有する際にスコアが意味する内容が共通しているため、伝わりやいものです。

ということで、今回の記事ではトレーニング負荷量についてはTSS(トレーニングストレススコア)を用いて分析を進めていきますね。



分析内容

基本材料

大変ありがたいことに自転車エルゴメーター(スマートトレーナー)による研究は古くから行われていて、活動レベル(一般~プロ)に応じたVO2maxパワーや乳酸閾値パワーなどが整理されています。

今回はその中で、

・活動レベル(一般~プロ)の定義づけを行った論文(参考1)
・活動レベルとトレーニング時間の記載のあった論文(参考2)
・「パワー・トレーニング・バイブル」にあったFTP基準表(参考3)

この3つの参考資料をもとにして、活動レベルとトレーニング時間、そして推定されるFTPの範囲などをまとめてみました。(下の図)

女性については情報が少ないため、男性のデータからの類推になります。

きっかりと活動レベルを区切るのは難しいので、各数値はオーバーラップしています。

また海外の方を対象にした研究を元にしているので、体重は男性が70-74kg、女性は55-59kg、年齢は39歳以下を想定しています。

こちらの区分を土台として分析を進めていきます。


トレーニング内容

参考資料からだいたいのトレーニング時間は分かったので、続いて肝心のトレーニング内容に関してです。

トレーニング内容はきっと皆さま意見は十人十色で、ポラライズドトレーニングや閾値トレーニング、その他さまざまな方法論で行われている方もいらっしゃることと思います。

今回の記事ではFTP(1時間維持できるパワー)について考察していきたいので、短時間パワー(5秒、30秒、5分パワーなど)のトレーニングについては一旦置いておくことにします。

そして論文ベースでwell-trained、high-trainedに属する方(週に10時間前後トレーニングされる方)のトレーニング方法の記載としては、トレーニング強度を3つに区分し、週で実施している配分が

・LOW強度(70%FTP以下)が全体の70%
・MIDDLE強度(70%FTP~100%FTP)が全体の30%前後
・HIGH強度(100%FTP以上)は数%

といった配分がおおよそ基準となっています(参考4)。

そのため今回の計算にあたってはこのことを元に、以下の2つのトレーニングを基本にトレーニングを構成すると仮定します(実際と異なっていることは容易に想像がつきますが、分析を進めるため)。

スイートスポットトレーニング(1時間)
 強度:0.82
 TSS:68

脂質代謝の向上:zone2(1時間)
 62%FTP強度で巡行
 強度:0.62
 TSS:40

各活動レベル別に、以下のように週間トレーニングを実施すると想定しました。


CTLとFTPの関係を俯瞰

以上から各活動レベルのTSSとFTPのおおよその範囲を掴めました。

この週平均のTSSを、長期トレーニング負荷(CTL)とします。
※実際のCTLの計算方法とは異なります
※週平均TSS前後のトレーニングを6週間実施していると想定

各活動レベル内の範囲においてCTLが高い方がFTPは高く、CTLが低い方がFTPは低いとみなすと、CTLとFTPは以下の図のような関係になります。

男性の結果。女性も同様の傾向(二次曲線的)

この図で見てもらいたいポイントは、

  • 活動レベルが低い(Beginner)ほど少ないCTLでFTPが向上(伸び率が大きい)

  • 活動レベルが高まるに従って、FTPの向上は鈍化(伸び率が小さい)

  • そのため、全体を見ると二次曲線的(カーブしている)

この傾向を分析(二次曲線で回帰)すると、以下のようなカーブと式が得られます。

二次曲線的ではありますがxの二乗の係数(カーブを作る値)が非常に小さいので、大枠としてFTPはCTLに比例して直線的に高くなるとみても良さそうです。

つまり、計算上は

  • 男性はCTLが1高いとFTPが0.04w/kg高い

  • 女性はCTLが1高いとFTPが0.03w/kg高い

という関係にあります。

CTLは日々変動するものですので、ある日のトレーニング後にCTLが4増えたからといって、FTPが0.16w/kg上がるということではありません。

あくまでCTLとFTPの全体の傾向を表しているものと捉えてもらえると良いかと思います。

というのもCTLはいわゆる”フィットネス”と呼ばれる、潜在的に皆さんが出せるであろうポテンシャルを数値化したものです。

ですので今回のFTPとCTLの分析は直近の疲労状態やピーキングなどの要素(短期トレーニング負荷:ATL)を加味していません。

この曲線に±0.3w/kgの範囲(誤差)を加え、まとめ直してみると以下のようになります。

この図は海外の方を対象にした研究を元にしているので、体重は男性が70-74kg、女性は55-59kg、年齢は39歳以下を想定しています(体重別の推定値を記事の最後に載せておきます)。


CTLを1週間で1上げることは比較的容易ですが、5上げるためにはいつもよりかなりハード(時間、強度ともに)に行わないといけません。

パワー・トレーニング・バイブル(参考3)では週にCTLが7以上高まる週が連続するとオーバートレーニングの危険性があると記載されています。

CTLの増減は現在のトレーニング状況やトレーニング頻度でかなり様相が変わり、たとえば今週いつもの2倍トレーニングを行ったとしても、CTLは2倍にはなりません。

長期トレーニング負荷(CTL)については記事を改めてご紹介しますね。


注意点

まとめの図表を見てもらう上で気をつけてもらいたいことをいくつか挙げます。

  • 現在のCTLが低くても、以前にもっと高いCTLに達している場合はCTLとこの図から推定されるFTP値の乖離は大きいはず(実際のFTPはもっと高い)

  • ロードバイクを始めたばかりでまだCTLは低いけれど、元々トレーニングや他のスポーツを行っていた方は、実際のFTPはこの図で推定されるFTPよりも高いはず

  • 低強度域のトレーニングやライドが多い場合、TSSの計算方式の性質上TSSが大きく見積もられやすいため、図から推定されるFTPは実際のFTPよりも高いかもしれません

  • 今回想定しているCTLは継続してトレーニングを実施していて、CTLが急激に上下動していない場合に精度が上がると思います

  • トレーニングを増やして右肩上がりにCTLが上昇している最中の場合、実際のFTPはこの図から推定されるFTPよりもやや低いかもしれません(体の適応がまだ追いついていない)



おわりに

今回の記事では論文や教科書の情報をもとにFTPと長期トレーニング負荷(CTL)の関係を考察してみました。

あくまでβ版と言いますか、今回の結果を土台として修正をしながらより良いものにしていきたいなと考えています。

統計学の教科書に書かれていて、いい言葉だなと思いメモしているものがあります。

完全には正確でなくとも、信頼できる情報であれば微調整が起こり、やがて正確な情報に到達できる。最善の推測がなされ、それが時間の経過(試行錯誤)とともにより良い推測になっていく。

今回の分析も、完全に正確とは言い難いものであることは間違いありません。

そのため引き続き試行錯誤を行うことで、皆さんにとってより役に立つものにしていければなと思っています。

また科学の役割の一つは、服選びで例えるとS、M、Lといったサイズ表(目安)を作ることにあると感じています。

だいたいこれくらいのサイズを選べば良いだろう、という目安です。

服のサイズ選びに迷うことなく見当がついていれば、皆さんにとって着心地のよい素材や色、丈感の微調整など個人的な趣向選びに大切な時間やお金を投資できます。

同じようにトレーニング負荷量に迷うことなく見当がついていれば、メンタル面やスキル面の上達、洗練されたトレーニング手法への挑戦などより意義のあることに大切な時間を投資できるはずです。

そういったことに時間を使えるとことは、より豊かなことだなと感じます。

科学を上手に活用し、皆さんのトレーニングをより充実したものにすること。それは私がnoteを書く目的でもあります。

今回の記事は書き方のニュアンスが難しく(仮定していることが多いため)、誤っている箇所がないように気を配りましたが、他の記事に比べ読み返したときに修正する箇所が多くありました。

もしご質問やご指摘等があればhttps://twitter.com/kawasakiakitoにリアクション頂けると幸いです。

皆さんと協力しながら、良い環境を形作っていければと思います。

今回も最後までお読みくださりありがとうございました。

皆さんの日々のライドが豊かなものになりますように。


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体重別の結果

結果を「年齢、体重、性別FTP基準表」記事にも順次追加していきます。

また紙面の都合上、39歳以下の基準のみとなっています。


男性


女性


修正履歴

【2023/12/26】
Excelの仕様上の回帰式不正確の問題を修正。
Excelで曲線の推定を行ったときに出力される数字は四捨五入されたものであることを知りませんでした。

その影響がxの二乗の係数にとって大きな問題であったため修正しました。

CTLが60以上あたりからの推定値が当初よりも男性では下方に、女性ではやや上方に修正されています。(CTL50以下では数値上あまり影響はありませんでした)


参考

  1. de Pauw, K., Roelands, B., Cheung, S. S., de Geus, B., Rietjens, G., & Meeusen, R. (2013). Guidelines to Classify Subject Groups in Sport-Science Research. International Journal of Sports Physiology and Performance

  2. Jacobs, R. A., & Lundby, C. (2013). Mitochondria express enhanced quality as well as quantity in association with aerobic fitness across recreationally active individuals up to elite athletes. Journal of Applied Physiology, 114(3), 344–350. https://doi.org/10.1152/japplphysiol.01081.2012

  3. ハンター・アレン, アンドリュー・コーガン. パワー・トレーニング・バイブル第3版.

  4. Stöggl, T., & Sperlich, B. (2014). Polarized training has greater impact on key endurance variables than threshold, high intensity, or high volume training. Frontiers in Physiology. https://doi.org/10.3389/fphys.2014.00033

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