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【断片】_2024年3月6日

20時ごろ


インターホンが鳴った。
僕は自室でぼうっと過ごしていて、こんな時間に荷物?と疑問に思いながらモニターのもとへ向かう。でも、最近はとくに何も買っていない。しかし忘れっぽい僕にとってこういったことは日常茶飯事で、今回は一体何を買ったのだろうかと考えながらモニターを覗く。そこには若い大学生くらいの女性が立っていた。明らかに配達員ではない。宗教勧誘か?と考えるが、それにしてはさすがに若すぎる気がしたし(宗教勧誘というと勝手におばさんを想像する)、なんなら友達か?と疑ってしまうほど同年代な気がした。僕はひとまず出てみることにした。「はい?」モニター越しに返事をする。「すみません。昨日引っ越してきたんですけど、ゴミの出す場所とか曜日がわからなくて」

…。

美人局か何かか!?
と疑わずにはいられなかった。(美人局という言葉を最近聞かなくなったなぁ)

刺されそうになったとしても相手は若い女性だ。なんとか勝てるだろう。そうたかをくくりドアを開けた。そこには大学生然とした女性が立っている。襲いかかってくる気配はない。

僕はひとまず外に出た。相手は上着すら着ていない。本当に今、上の階から降りてきたかのような格好である。

「昨日引っ越してきたんですけど、不動産屋さんが教えてくれなくて、、」
「なるほど、、。こっちです」

とりあえず、僕はアパートのすぐそばのゴミ捨て場に彼女を案内する。

「寒くないですか??」
「めっちゃ寒いです!!家から何も着ずに出てきちゃったので」

僕はダウンを着ていたので、彼女に譲ろうかとも考えたが、ゴミに対する説明にたいして時間はかからないだろうし、身元不明のしかも初対面の女性に自分の上着を突然貸すのもどうかと思い、踏みとどまった。

ゴミ捨て場の前で、ゴミ捨ての曜日を伝える。市のHPを辿れば、簡単に辿り着ける情報なので伝えるのも馬鹿馬鹿しく思い、再び美人局を疑ってしまう。しかし彼女は僕の伝える曜日を几帳面にスマホにメモしていた。

部屋に戻る道中、少し踏み込んで、「大学生ですか?」と聞いてみた。「そうなんです!今年高校卒業して、春から大学1年です!」と彼女は嬉しそうに述べる。「もしかして◯◯大ですか?」と近くの私立大学の名前を挙げてみる。「そうですそうです!」と嬉しそうな彼女。
「僕はーー大なんですけど」
「え!ーー大ってすごく頭がいいって聞きました!」
「いやいやそんなことないです!」「まあ、もう卒業するんですけど、、」「そうなんですね」

それとなく会話していると、どうやら本当にただの大学生であったことが伺える。

「てか、一人ずつ聞いて回ってたんですか?笑」
「いえ、あの、窓を見て電気がついてたから、、」
「あーそうなんですね。はずかし!笑」

たしかに僕の部屋だけ明かりがついていて他の部屋に関してはシャッターを下ろし切ってしまっていた。どうやら彼女は僕の部屋の上の階に住み始めたらしい。僕が寝る時間帯にドタバタと帰ってくるサラリーマンはいつの間にか引っ越してしまっていたようだ。

「僕ここに5年住んでるので困ったことがあったらいつでも言ってください〜」
「本当ですか!それは大助かりだ!」

彼女は嬉しそうに階段を登って自室に戻って行った。

ポストを確認してから部屋に戻ろうとしたところ、僕の隣の部屋のポストの入り口にテープが貼られていることに気がついた。いつの間にか隣の人も引っ越してしまったらしい。

彼女も〇〇大で、引っ越してきた時に長崎のカステラを持って僕の部屋に挨拶に来たなと思い出した。最近まで見かけていたがいつの間にか引っ越してしまっていたらしい。

今年も春が来る。

強い風が吹いた。いつの間にかポストの前でぼうっとしてた。肩を振るわせ僕は部屋に戻った。
 

そういえば、彼女に大学入学おめでとうって声をかけるべきだったなと思った。

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