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自慢パーティ【ショートショート】【#81】

 世の中には『自慢パーティ』というものがあるそうだ。

 何人かで集まってテーブルを囲む。参加者はみな仮面をつけ、誰が誰だかわからない状態で、各々の「自慢話」を自由に披露する。聞く人は、それを絶対に否定してはいけないのがルールだ。
 自慢話というのは、本人は披露したいばかりだが、聞いてくれる人がいないのが難点だ。そこをうまくついたビジネスで、今、ひそかに人気があるらしい。自分が自慢話をするのはともかく、何もなく人の自慢話を聞くのは、結構骨が折れそうなものだ。しかし、そのあたりはきちんと配慮がされていて、各テーブルには店のスタッフが必ずひとりは入り、合いの手を入れたり、わかりづらいところを補佐したり……、つつがない進行を行ってくれるらしい。

 これを見つけたときには私も興味をそそられ、早速、申し込みをしてみた。私の予約は、来週の金曜日。21時スタートの会だった。

◇◇◇◇◇

 いつも通りの日であれば、時間までには問題なく参加できるはずだった。ところが、当日になってみたら後輩が事故をおこし、その対応などをしているうちに、仕事が長引いてしまう。やっと恰好がついたのは、21時の少し前。今から行けば30分ほどは遅刻するが、まだ参加できそうだ。私はあわてて電車に飛び乗った。

 予想したとおり30分ほど遅れて会場に着く。あわてて受付をすませ、仮面をつけ、すぐにテーブルに案内される。今、話しているのはまだ若い……とはいえ30代、といった感じの男性だった。
 ふむふむ……「友達に芸能事務所の社長がいて、所属のタレントに、手を出したりやりたい放題」そんな話だった。自慢というか、うらやましい話というか。そもそも、『自慢話』を聞かれて友人の自慢をしてどうする。きっと彼は、自分に自信がないのだろう。最近の若い子は、いわゆる「自己肯定感」というのが低い子が多いらしい。彼もそのたぐいなのだろう。

「いやーすごい話でしたね。ビックリしました。そんなことあるんですね~ありがとうございました。皆さま拍手お願いします!」

 彼の話が終わり、スタッフはさすがにそつなく話を締めた。「では、次は……遅れてきたあなた。よろしくお願いします」。そういって指名されたのが私だ。ゴホンっと一つせき払いをしてから、「では……」と自慢話を始めた。

◇◇◇◇◇

 意気揚々と自慢話を始めた私だったが、少しして周りを見渡したとき、私はなんとなく違和感を感じた。仮面のせいで表情は読めないものの、何となくみなソワソワしているようなのだ。多少気になったものの、せっかくの人前で大手を振って自慢話をできる機会だ。楽しまなければ損、と割り切ってとうとうと話を続ける。しかし、しばらくするとスタッフが声をかけてきた。

「すみませんお客様。……そのお話は、どなたか、ご友人のお話でしょうか?」

「……友人の話だと? なにを言うんだ! もちろん私の話に決まっている。他人の話をさも自分のやったことのように騙っているとでもいうのか! 失礼だぞ!」

 スタッフはあわてながらも、腑に落ちた顔をする。そしてゆっくりと説明をはじめた。

「お客様、説明がいたらなかったようで申し訳ありません。本日はですね、――『身内自慢の会』なのです。自分の友人やそのまた友人、もしくはお子さんやお孫さんなど、自分以外の方を自慢する会なのです。そして……逆に、ご自身の自慢は禁止の会となっております」

「――身内自慢だって? そんなの話して楽しいのか?」

「実は身内に有名な誰それがいて……といった話や、友達がこんな凄いやつで……という話は、ふとした折に誰かに話したくなるものです。ですが、よほどの有名人でもなければ、聞き手にとって『誰それ?』となってしまうのが世の常であります。そんなわけで、敢えてそういう『身内の自慢話』に限ってお互いに匿名で披露しあうのが、今日の催しなのです。ご自身の自慢話がしたい方は、来週に通常の自慢話の会がございますので、誠にお手数ですが、どうぞそちらにご参加下さい」

 こちらの確認不足とはいえ、急いで仕事を切り上げてきたのにこの仕打ちとは。恥ずかしさもあいまって、余計頭に血が上り、怒りが込み上げてきた。

「お前ら……なめた商売してると、訴えるからな! 俺の甥はな、東大出て弁護士やってるんだ。すごく優秀で――裁判官はどうか、なんて言われてたけど、弱い人の味方になりたいって弁護士やってんだよ。言ってみれば正義感の塊よ。結局、大手の事務所に一度入って、数年しっかり勉強して、今は丸の内に自分の事務所を構える一国一城の主ってわけさ。俺にいい加減な応対すると、腕の立つ弁護士が黙ってないからな!」

 私はそう言って吐き捨てた。しかし、スタッフの男は冷静に答える。

「――お客様、それです」

「なにっ?」

「まさに今、なさったのが身内自慢でございます。立派な甥っ子様かと存じますが、普段はなかなか披露できる機会は多くはないでしょう。そういうものも身内自慢の会であれば、何の気兼ねなく話していただけます。……ほら、なかなか需要があると思いませんか?」

 タヌキに化かされたような気分ではあったが、私はその、ひょうひょうとしたスタッフに毒気を抜かれてしまったようだ。請われるままに次の『自慢パーティ』と、『身内自慢パーティ』の予約を入れる。帰路につく私の頭の中は、どんな自慢をしてやろう、という思いで満たされていた。



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