会津若松のある工場の話。
彼は、その工場の人事の人間だ。
このご時世、人が密集して仕事をする、工場の人のやりくりは大変だ。当然、残業が多くなるわけだが・・・。

彼のデスクの後ろには、ガラスで仕切られた管理区画がある。彼はそこに背を向けて仕事をしている。
そのフロアにひとりで残業していると、その管理区画から、何者かの強い視線を感じるようになった。

誰かがじっと見ている。

そして、ささやかな異変が起こる。
ある時は、パキンと音がする。
しかし、何もない。

ある時は、ファサッと紙でも落ちたような音がする。
でも、何も落ちていない。

別の日には、いきなりタイマーが鳴り出した。

そして、ある日、何者かの足音が近づいてくる。

守衛さんの足音ならわかる。でも、守衛さんじゃない。コツコツコツと静かな音を立てて、自分の5メートルくらい後ろで立ち止まる。

そんな時には、大きな声で
「あ!もうこんな時間。早く帰ろう!」
といい、わざわざ、バタバタと大きな音を立てて、帰る支度をして、早々に退散するのだった。

もちろん、正体なんか確認しない。
なぜなら、明日も明後日も、ずっとここで仕事をするのだ。
正体のわからない何者かと共存するしかない。

その話を、會津蔵武に来てくれたお客さんにしたところ、彼も同じようなことが自分の職場で起こっているという。

彼の職場はS県の某メーカーの正規ディーラーで、彼も店長という役職柄どうしても残業が多くなる。
彼の営業のデスクが並ぶ仕事場の隣には、会議室があり、さらにその中に小さく仕切られた小部屋がある。

この小部屋は、彼の会社がこの建物を買い取る前に入っていた別の会社の会長が作った部屋だ。

その会社の社員は、一様にその部屋のことを「神の部屋」と呼んでいたらしい。

なぜ「神の部屋」かと言うと、前社長が仏像や仏画、神仏に関する書籍その他よくわからない偶像、縁起物などのコレクションを、その小部屋に収納していたからだ。

その会社が撤退し、別の会社が入った今現在は、その部屋は、車のカタログなどを段ボールに詰めて収納し、倉庫として使っている。

夜、10時半とか11時くらいにひとりで残業していると、扉が閉まった向こうからガタッとか音がする。

でも、かれはビクッとはするものの(まあ、そういう音ぐらいするよな)と思って仕事をする。

そうすると、また、ガサッと音がする。

その「神の部屋」の話を聞いたから怖く思うのだろう。気のせい気のせいと思い直し、また仕事をしていると、ズサッと聞こえる。

「えええいままよ!」彼は勇気を振り絞って、物音の根源を確認に行く。会議室のドアを開け、小部屋の引き戸を開ける。

何もない。何かあるはずがない。

そして、仕事を始めるとまた聞こえる。
ガサッ
ズサッ
ガタッ

何もない。
あるはずがない。
会議室には机と椅子以外、物はなく、小部屋ではものは段ボールに詰めて積んであるので、落ちる物がない。

そんなことが何度と繰り返される。
そして、どうしようもないほど感じる「人の気配」

そんな時は、彼も、
「さああ!帰るか!帰るか!お疲れ様でしたっ!」
とテンション高めに帰る支度をして、帰宅するのだった。

【余談】
同じシチュエーションで、正規ディーラーの彼が、ある日、残業していると、自分の目の前のドアがいきなりバンッと開いた。
「!!!!」
来週、仕事をお願いしているベロンベロンに酔っ払った塗装屋さんがやってきて、
「今度、ここの塗装するんでよろしくお願いします。ここの壁のこういうとこ、けっこう難しいんだよね〜」
と言うことだけ伝えて帰っていった。

「近所の塗装屋さんだったんで、明かりがついてたから入ってきたみたいで。でもマジで、心臓が口から出るかと思いました」

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