分社の儀式

うちの店のカウンターで、お客さんからきいた話です。
その方には、このような形で他の人に話しても良いという、許可もいただきました。

その日いらしたお客さん
60代の彼が、学生の頃というのですから、
40年以上も前の話ということになります。

彼は北陸地方の大学に進学し、その大学に通うために、K市内にある、
風呂なしオンボロアパートの2階で、一人暮らしをはじめました。
銭湯が、そのアパートの前の大きな通りをはさんだ向かい側にあり、
風呂なしオンボロでも快適に生活でき、
そう時間をおかず、友人たちのたまり場になりました。
うるさい親元を離れて、初めての自由を謳歌する、実に楽しい毎日です。

大学生活に慣れた頃、アパートの郵便受けに
「分社の儀式」を告知するチラシが入っていました。
近所に、S神社の分社ができることになり、
深夜に「魂入れの儀式」が行われるというものです。
その儀式は、「神様を乗せた輿を白い布で覆い、神職たちがその輿を担ぎ、本社から大きな通りを歩いて分社まで運ぶ」とのこと。
通りに面した家々の住民には、指定された日の深夜○時から○時まで、
明かりをつけないこと、2階以上の建物の住民には、上から神様を見下ろさないことが、前もって告知されていました。

しかし、まだ二十歳そこそこだった彼は、その意味を深く考えることはありませんでした。なので、そんなチラシのことは忘れてしまい、
その日も深夜に友人たちと麻雀。
祭事の先ぶれのおじさんたちが、警告にくるまで騒いでいたのです。
警告されて初めて「ああそういえば」とチラシのことを思い出したくらいでした。

ひと悶着あって、しぶしぶ灯りを消しましたが、
(儀式とはなんだろう)
(どういうものだろう)
という、好奇心を抑えられません。
親元を離れて自由を謳歌する彼の中には、その好奇心を抑える理由もありませんでした。

灯りを消した2階の
窓にかかるカーテンの端を静かに寄せ、
隙間からそっと、通りを見下ろしました。
通りでは、白布を巻いた神輿が静々と運ばれていました。
水干(すいかん)と呼ぶのでしょうか?
簡素な白い揃いの衣装を着た人々が、神輿を担いでいました。
(なんと、厳かな・・・)
彼は、そのような儀式を、生まれて初めて見たのでした。
まあ、儀式を見たからといって、どうってことはありません。
また、次の日から、友人と過ごす楽しい毎日に戻ります。

儀式があった日から7日目のこと。
その日は、夕方から雨が降っていました。
毎日銭湯に行くのを日課にしていた彼は、
傘をさして、いつものように銭湯に向かいました。
気持ちよく風呂を終え、気になる天気の具合を確かめるため
暗い外を覗くと、雨は止まずますます激しく、前も見えないほどの土砂降りになっています。

まあ、だとしても、
彼のアパートは、通りを挟んで100メートルほども歩いた所です。
そして、毎日通う道です。
彼は傘の下に身を縮めるようにして通りを渡りました。
通りを渡れば、すぐ自分のアパート。
傘に抱きつくようにし、足下だけを見て、アパートを目指しました。

ところが

ふと立ち止まり傘を上げて前を見ると、
なぜか、彼は、真っ白な布で覆われた分社の前に立っていました。

その場所は自分のアパートをはるかに通り過ぎて、
ずっと先の田んぼの真ん中です。

「自由を謳歌していた私が
生まれてはじめて
畏敬の念というものは、どういうものなのか
理解できた瞬間でした」
と彼は話してくれました。

おそらくは、その戒めは軽いジャブ程度。
その神様が本気を出したらどうなっていたことか?

彼は、その後、どうしても気になって
何度か分社へ確かめに行こうとするのですが、
必ず、別の用事が入って行くことができなかったようです。
在学中は、同じような事が何度も起きて行くことは叶わず
結局、卒業とともに県外に引っ越し、
2度と分社に行くことはできなかったそうです。

なんと興味深い話が聞けた。
私はちょっとうれしくなりました。
私自身、神道信徒(しんとうしんと)なのでなおさらです。
そのお客さんが店から帰ったあと、私は、さっそくそのS神社を検索しました。

検索の結果・・・

その神社は、丑の刻参りの呪いに関わる聖域として
とても有名な場所なのでした・・・・・。



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この「怖い話」は會津蔵武のカウンターでお客様にいただいた話です。話してくれたお客さんからは、掲載や怪談発表の発表の許可をいただいています。また、このお話は、怪談師マリブル(ノンストップ)さんに怪談の原案として提供させていただいています。
マリブルさんには怪談朗読の原稿として提供する許可もいただいています。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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