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3. Self-assembly of tetravalent Goldberg polyhedrafrom 144 small components

doi.org/10.1038/nature20771

 今回は、藤田誠研のマイルストーン的な論文である2016年のNatureの論文について書いていきたい。前回の更新でヘリセン系の論文に触れたいと書いていたが、合成系が続くのも難なので今回は分子ケージについて書いていくことにする。筆頭著者の藤田大士先生は現在京大iCeMSで准教授をされており、現在も金属有機分子ケージ(MOCs)と多面体数学の融合研究に尽力されている。そんな藤田大士先生の論文を読みつつ、この藤田MOCs論文について書いていく。

 藤田誠研究室の研究に関しては、藤田誠先生自らが紹介している素晴らしい動画が多数のメディアで公開されているので、そちらをまずは参照いただきたい。

 この動画の中で語られているように、初めに藤田誠先生が合成した金属有機フレームワーク(MOF: 当時そのような言葉はまだなかったが)は、1990年のJACSに報告された。

doi.org/10.1021/ja00170a042

 千葉大学の小倉克之先生の研究室において、偶然的に合成されたこれは、現在では一般的になった2価金属であるパラジウムと、二座配位子である2,2'-ビピリジンが構成要素に使われている。重要なデザインとして、上記論文中で(en)と略されているエタン1,2-ジアミンが、パラジウムの隣接する2つの配座位置を占めていることによって、配位ビピリジンの結合が必ず90°になる。これによって、四角形の分子ケージが熱力学的に選択されるというわけだ。90年JACSの論文中では、導入した(en)PdCl2に対して91%の収率でできると述べられている。

 論文中では、この構造が確かにできている証明をほぼNMRで行なっている点がパワフルだ。それぞれの試薬の等量を変えた実験において、これらの定量性を評価した結果と、パラジウムの結合角の理論、そしてピリジンのシグナルが全て配位した状態の化学シフトを示していることから結論づけている。

 なお最後に、この分子ケージが水中で1,3,5-trimethoxybenzeneを包摂し、その平衡定数が7.5*10^2であることもNMRから解析している。この結果は、まだ"超分子"という概念がつかめていない化学者にも、このケージがまるで1つのホスト分子のように振る舞っていることを印象付ける結果だったのかもしれないなど妄想できる。

 その後も、さまざまな分子ケージが報告され、1998年にはChem. Soc. Rev.にそのMOFに関するレビューが書かれた。この中でもMOFという単語は使われていないのは印象的だった。(metal-ligand macrocycleと言われている)

 藤田誠先生、P. Stang、J.-M. Lehn,  D. J. Cramなど錚々たる超分子の大御所の成果も並んでおり、ネームバリューにやられそうになるが、よく読んでいくと、ただの多角形から多面体へと時代の焦点が変化していってる様子がわかる。このレビューの最後にも紹介されている通り、トリアジンコアを持つ三座配位子と、(en)PdCl2を混ぜ合わせることで正八面体の分子ケージができることが1995年のNatureに報告された。この正八面体こそ、今回紹介する多面体研究の始まりの構造となる。

 この多面体構造もNMRによって鋭くシンプルなスペクトルが、金属:ピリジン配位子で3:2の等量の場合に見えることから、極めて対称性の高いナノ構造の構築仄めかされた。そして、アダマンチル酢酸塩存在下で静置することで結晶が包摂得られ、その構造は予想通りの正八面体構造だったという。この分子ケージの包摂能力は尋常ではなく、最初に紹介した動画のなか(19:00~あたり)で示されているように、その後多数の分子の包摂能力が報告された。


 このような、多角形から多面体へと焦点が3次元へと移行したのち、2004年にはさらに巨大な分子ケージの構築がまたAngewante Chemieに報告された。

doi.org/10.1002/ange.200461422

 この論文の中で、折れ曲がった配位子(1,3-di(pyridin-4-yl)benzene)を使うことで準正多面体の一種である立法八面体が上がることがわかった。序盤の議論はかなりパワフルで、配位子をPdと混合した試料のNMRでは、配位子が対称的な状態にあることが示されていることに加えてシグナルがブロードであり、DOSY測定によって推定された集合体サイズが3.6nmであること、またMSで巨大な分子量の化学種が検出されることなどの結果から、予想構造として立法八面体を提案している。(完全にM. Fujita worldかもしれない。)STMで直接球状集合体を観察している。

 しかしここからがすごい。各頂点に、配位子が結合する角度を規制するために付けられていたエチレンジアミン(en)を入れずに、折れ曲がり配位子を異なる類縁体(2,5-di(pyridin-4-yl)furan)に変更することで、この球状組織の単結晶の調製に成功している。(多分いろいろ類縁体つくった上で見つけたのだろうか、、、だとしたらこの時代にすでに続報の巨大ケージも見えていたのかもしれない)球状組織は巨大な空隙をもつことからdisorderな状態の溶媒を包摂しており、モリブデンKα線では良質なデータは得られないものの、放射光施設での測定によって有意な結晶構造の解析に成功している。本当に美しい構造で、うっとりしてしまうし、美術館に飾りたい。驚くべきことにこの結晶の単位胞の80%が空隙になっていることが、Platon programによって推定された。単結晶として金属有機集合体が立法八面体を形成する例はあったものの、溶液中でdiscreateに球状構造ができた例は当時報告がなかった。

 ここまでで十分凄まじい結果の連続であり、藤田誠がMOCsの化学のトップランナーであることは誰も疑わないだろう。しかし、こんなものでは全くおわらず、藤田研はさらに私たちを驚かせ続ける。

doi.org/10.1126/science.1188605

 彼らは2010年のScience誌に、さらに巨大で複雑な多面体構造を報告してしまう。藤田誠先生の言葉を借りれば、ど真ん中ストレートの豪速球系の研究だ。

さすがにパワポだけでは作れなかった。

 使用した配位子は、立方八面体を作り出した(2,5-di(pyridin-4-yl)furan)のフラン環をチオフェンに変えた類縁体。このわずかな違いによって、得られる構造が劇的に異なる。得られた超分子の分子量があまりに巨大になり、3つの1H NMRのシグナルはブロード化する。DOSY 1H NMR測定から得られた拡散係数Dは3.3 × 10^−11 m2•s−1 となり、極めて巨大に超分子構造の形成が示唆されている。CSI-TOF-MS測定によって推定された分子量は21,946.73 ダルトンと、単分散単一分子だとしたらあまりに巨大すぎる。
 PF6–塩をDMSO:CH3CN (1:1)溶媒に溶かし、酢酸エチルを拡散させることで得られた結晶は良質であったものの、巨大な内部空間に無秩序な溶媒が多量の含まれているために、立方八面体の時とは違って放射光施設の高輝度のX線を用いた測定でも太刀打ちできなかったが、MSやNMRの結果を踏まえて、筆者らはこれが金属24個、配位子48個によって形成された対称的な多面体構造であると結論づけた。

 配位子の曲げ角度や、種類を変えるだけで多様な立体ができる。しかし、なぜこの立体が選ばれたのか、明確な答えはこの段階では言及されていない。その問題に数学的なアプローチで挑戦したのが、藤田大士先生(当時大学院生?)の論文、2016年のNatureだ。 

  さて、ここまで藤田誠先生の成果を振り返りながら夢中になってつらつらと書いてきたが、少し長くなったのでここで一旦休憩をとって、次回、藤田大士先生の論文にしっかり焦点を当てていきたい。

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