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1本の酒瓶が人生を変えることもある

転職して移住することになりました。

私の人生の中で大きな決断。
35年間お世話になった埼玉県を出ていくことに。

来年から新天地での生活がスタートします。

行き先は福島県会津地方です。


親戚がいる地で、小さい頃は年に何回も遊びに行っていた場所。そして私の大好きな日本酒のメッカ。

何故、ずっと関東で過ごしてきた人間が東北に?
逆じゃないか?と思われるかもしれない。

まず、可愛がってもらった親戚の側にいたい気持ちが根底にあったこと。

実は学生の就職活動の時、福島県の病院に応募しようか悩んだことがあったけれど福島県出身の母親に「お前は雪国で生きていくのは無理」と言われアッサリ諦めた。

関東でドラッグストアに就職したものの、気持ちの変化があったのは、その数年後だった。

祖母が末期のすい臓癌を患った。

会いに行くのに埼玉県から福島県の山奥はなかなか距離があったけれど、それでも月1回は顔を見に足を運んでいた。

彼女が亡くなった時、私は葬式に参加しなかった。というよりも当時、管理者をやっていたこともあり、仕事を優先してしまったのである。49日の法事は参加したものの、今でも葬式に出なかったことは後悔している。


その後悔から「この短い人生の中であと何回、自分の大好きな人達に会えるのだろうか」と考えるようになった。
大好きな人達というのが、私にとって親戚だったのだろう。しだいに親戚のいる福島県に行きたいという気持ちが心の片隅に、ふつふつと沸いていったのである。

たまに転職サイトで福島県の薬局を探すも自分の中でピンとくる会社がなかった。
探しては諦めての繰り返し。月日が流れ、日本酒きっかけで付き合うことになった会社の教え子と結婚。
一旦はドラッグストア勤務のまま落ち着くことになった。

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SNSで少し活動をするようになった2022年6月末のこと。界隈のタイムラインで流れてきた1つの呟きが私の目に止まった。

薬局同士の交流があったのだろうか。
その後のやり取りの呟きだったと思う。
「地元のお酒をお贈りしました」という文章に1本の酒瓶の画像。

会津ほまれという日本酒の瓶だった。
福島県の日本酒を飲みまくっていた私はどこの日本酒か、すぐ分かった。

「この方…もしかして会津の人……?!」

アイコンをクリックして、すぐさまプロフィールを確認した。会喜地域薬局グループ人事担当と書かれた紹介文。ホームページであろうURLが添付してあった。

URLを開くと見慣れた会津盆地の後ろに映える磐梯山の写真が出てきて、フリップで文字が飛び込んできた。

「薬局のあるべき姿を福島から」

採用概要から現社員の声など全部くまなく目を通した。親切さと温かさを大切にしている会社なんだなとホームページを見るだけで理解出来る。

転職サイトなんかじゃ全然ひっかかってこなかった。こんな薬局、あったんだ…!

私の中で眠っていた福島県に行きたいという願望が静かにメラメラと再燃し始めたのである。
そして、これが呟きのアカウントの主、タカハシリョータさんとの出会いだった。

タカハシリョータさんのSNSプロフィール

https://twitter.com/taremetabo?t=tCa4Kee80vajK1VzryGwpA&s=09

それがきっかけで私は薬局のホームページをよく見るようになった。見るたびに「福島に行きたい」という気持ちだけが募っていく。

タカハシさんとダイレクトメールでお話はしていたけれど、彼の人柄の良さを感じて実際お会いしてみたいという気持ちが強くなった。

年が明けて2023年。毎年5月は福島県の親戚に会いに行くと決めている月だった。その時にタカハシさんにお会い出来るかどうか、こちらからプッシュしてお誘いした。

タカハシさんは快くOKの返事をくださって私達夫婦に会ってくれた。その際、彼は現場で働いている薬剤師を1人連れてきてくれたのである。

陶芸をやりながら薬剤師をしているハシモトさんだった。

ハシモトさんのSNSプロフィール

https://twitter.com/hayakuhantou?t=zHn4pMuiXZ1P_V15Wr439w&s=09

彼らの仕事への考え方や姿勢を飲みの席で聞いていて私は「この人達と働いてみたい」と思ったけれど、心の奥にソッとしまい込んだ。

親にも反対されてきた。
関東から移住するなんて、無理だ。

そんなことを思っていた最中、旅行から2週間後まさかの夫の口から「福島、行こうか」と一言出たのである。

今の職場も退職することになるし、そもそも親族がいる関東を離れることになる。私が福島県に行きたがってることを夫は知っていた。

本当に良いのかと問う私に夫は首を縦に振って「あっちで頑張ろうよ。俺もタカハシさんやハシモトさんと働いてみたい。まず面接と試験に受かるかは受けてみないと分からないけどさ」と言ってくれた。

そこから話は一気に進んだ。あっという間だった。

一連のやり取りをして面接と試験の前にタカハシさんから言われて凄く刺さった言葉があった。

うちは薬剤師免許が欲しいんじゃない。どんな人かを見て判断したい。

医療者である前に「人」で有ること。
薬剤師なら薬剤師免許は持っていて当たり前。

私は薬剤師である前に人として、どう見られているのだろう。

その言葉を意味を考えながら。

そして人生で指折りトップ3に入る緊張の場を体験しながら、面接と試験に臨んだ。
内定を頂けることになった時は嬉しくて言葉が出なかった。

前のnoteにも書いたが、私は失恋してヤケクソで日本酒を飲み始めたのである。そこからハマり日本酒に2回も人生を救われている。

1回目は広島の雨後の月。夫の故郷の地酒。
失恋してボロボロだった私に夫との付き合うきっかけを作ってくれたお酒。

2回目は今回、会津ほまれ。私にとって故郷同然の福島の地酒。魅力的で自分の価値観に合う職場を教えてくれたお酒。

あの酒瓶をSNSで見つけることがなかったら。
タカハシさんやハシモトさんに出会っていなかったら。
転職も移住もすることなく、平凡に仕事をし続けていたかもしれない。

ほまれ酒造は会津ほまれの他にも「ならぬことはならぬものです」という日本酒を出している。

ほまれ酒造のホームページより引用

この言葉は会津でよく聞く言葉で会津藩士たちが子供の頃に教えられていた「什の掟」の最後の一文。
理屈や言い訳が通らない絶対にやってはいけないことがあるという戒めを表す言葉である。

なんと、これからお世話になる会社の社訓にこの言葉が使われていたのだ。偶然だとは思えなくて、とても鳥肌が立ったのを今でも覚えている。

日本酒が連れてきた出会いときっかけを今後も大切にしていきたい。
故郷で全身全霊をかけて職務を全うしたいと思う。

酒飲み薬剤師の今後を温かく優しく見守ってくださると幸いです。皆さま、よろしくお願い致します。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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