3.会津若松駅
~今宵はどんなお酒を送ろうか~
会津中将と大和撫子 spin off 番外編
(今日は最悪だ…)
もう運がなかった、としか言いようがなかった。
こんなクレーマーに当たるなんて。
清宮颯太は内心ビクビクしながら、その怒鳴り声を真正面から受ける。
車両点検で電車が遅れてしまうことは、たまにあることだ。遅れてしまう責任はやはり駅員側に問われることも多くクレームを受けることもしばしば。
ただ今日のクレームは長い。
しかも、ひたすら怒鳴り声。
いわゆる中年のオジサンの声はとても響きやすく、自分に怒鳴っているのに構内にも反響するもんだから、周りのお客さんや他駅員スタッフもドン引きだ。
かれこれ、15分くらいは怒鳴られている。
自分はやっぱり若いから文句を言いやすいだろうし、実際電車が遅れてお客さんに迷惑をかけてしまっているから「申し訳ございません」と、ひたすら謝ることしか出来ない。
颯太は今年、JRに入社して配属先は会津若松駅になった。ぼちぼち田舎で先輩達も優しく教えてくれるような環境、やっと1人で仕事を1通りこなせるようになった矢先にこのクレームだ。
田舎だからあんまりそういったクレームは少ないでしょうと、颯太自身油断していたのも良くない。
こういったクレームは突然降ってくるものだ。
それにしても、怒鳴られるターンが長い。
先輩達も颯太にどう助け船を出してあげたら良いのだろうと戸惑っているのだろう。
颯太の背後から困惑の空気が感じられる。
クレーム対応はひたすら相手の話を聞いてあげるというのが基本の姿勢。
業務マニュアルではそう習った。それでも怒鳴り声となれば精神的苦痛も大きいし、対応しているこちら側も嫌になってしまう。
しかも、この怒鳴っている中年男性は電車が遅延した怒りの矛先をぶつける先がなくて、明らかに颯太に当たっているのが分かる。
(もう、ひたすら話聞いて謝罪してお客様の気持ちが鎮火するまで待つしかないよな…)
颯太が諦めてそう思っていた時だった。
一体、どこから来たのだろう。
セミロングの細身の女性が左手でスーツケースを引き摺りながら、こちらに向かってくる。
右手には透明なプチプチの緩衝材にくるまれたであろう一升瓶が入ったビニールをぶら下げている。
日本酒だろうか。
ビニールから透けて見える「会津中将」の銘柄の文字。
その女性は颯太に怒鳴ってる中年男性の後ろにぴったりついて並んだ。スーツケースと一升瓶から手を離して地べたに置き、仁王立ちで眉間にシワを寄せて中年男性を睨み付けている。
(え……彼の後ろにわざわざ並ぶってことは駅員に言いたいことがあるとか?この中年男性のクレームが終わったら、彼女の対応もしなくてはならないのか?)
そう考えたら颯太の胸は大きい岩がのし掛かってきたかのように重苦しくなった。この男性のクレーム対応が終わっても、彼女への対応がこの後待っている。
怒鳴っていた中年男性は背後にぴったりついて並んでいる女性の存在に気付いたのか、怒鳴るのを止めて後ろを振り返る。
こっちは駅員に質問がしたいんだから、お前は早くこの場を退け!という女性の気持ちが強くオーラに出ていたのを中年男性も察したのだろうか。
彼女を見るなり中年男性は焦った形相で、クレームを中断し颯太の前から退いてどこかに行ってしまった。
中年男性は目の前からいなくなったけれど、今度はこの女性からクレームを受けなくてはならないのか…?
恐る恐る颯太は、大変お待たせしました。どうかされましたか?と女性に対応する。
中年男性の後ろに並んでいた時は眉間にシワを寄せて金剛力士みたいな顔をしていたはずなのに、彼女の顔は打って変わって、にこやかになっていた。
「すみません、タクシー乗り場を探していて。自分でも探してみたのですが見当たらなくて…どちらにありますか?」
え?タクシー乗り場?
颯太は女性の質問内容に腑抜けてしまった。
クレームだと思っていたし、そんなの観光案内所に聞けば分かることなのに。
颯太はチラッと駅員窓口からも見える観光案内所に目を向けてみたものの、観光案内所も混んでいる訳ではなさそうだった。
「正面の出口を出て左に曲がってください。タクシー乗り場の小さい看板がありますので」
「ありがとうございます。助かりました」と一言告げて一升瓶とスーツケースを手に持ち直して女性は颯爽と颯太の前から去っていった。
颯太はその場を去った女性の動きを目で追った。
彼女が駅入り口方面に歩いていく途中で右手から眼鏡をかけた男性が小走りで出てきた。その女性を見つけるなり慌てて声をかけている。
「友里恵さん~!探したよ~!どこに行ってたの?」
どうやら、会話からして眼鏡をかけてる男性はその女性の先輩というか上司に当たる人らしい。
「え?ほら、次は会津若松の宮泉酒造にいくんでしょう?船越先生、冩樂は絶対買っていきたいんだ!ってあんなに言ってたから、タクシーの方が早いと思って。タクシーの乗り場、駅員さんに教えてもらってました」
ニコニコしながら、女性は男性の質問に答えている。
「駅のタクシーの乗り場は圓藤さん達とあっちにあったよね、ってさっき一緒に確認したじゃない。駅員さんに時間とって再度確認しちゃうなんて、友里恵さんさっきの鶴乃江酒造でいっぱい試飲して酔っ払ってるんじゃないの?」
男性の発言に対して何言ってるんですか、とケラケラ笑い飛ばす女性。
「あんな量飲んだくらいじゃ酔わないですよ。んー…ちょっと人助けです」
え?どういうこと?!と問いただす男性を抑えて、女性は「まあまあ圓藤さん達も駅の外で待ってますし、行きましょう」と右手で男性の背中をクルリとさせて駅の正面出口の自動ドアへ向かう。
一連のやり取りを見ていた颯太は全てを把握した。
あの女性は、颯太がクレームで怒鳴られていることを分かっていて、そのクレームを中断させる為にわざと怒鳴っている中年男性の後ろに並んだのだ。
観光案内所が空いていていたのに、タクシーのことをそっちに聞かなかったのは、理由を作って颯太に直接問い合わせする為。
「まさか…お客様にクレームされたのに、別のお客様に助けられるだなんて思わなかったなぁ」
入社して初めて1人で戦ったクレーム対応。
正直言ってしんどかった。
でも、同時に自分のことを見ていてくれる優しいお客様もいるんだと、颯太は感じた。
「清宮、さっきのクレーム大丈夫だったか。ごめんな、間入れなくて」
先輩社員が颯太のことを心配して声をかけてきた。
隙のあるクレームなら間割って助けに入れるけれど、ひたすら怒りをぶつけてくる輩が相手の場合、他人が止めに入る余地さえないことを颯太は知っている。
「大丈夫です。お客様に助けてもらっちゃったみたいです。…あんな人いるんですね。嬉しかった」
もう、行ってしまったはずなのに、駅出口の自動ドアの前に彼女達がまだいるような気がする。
人がまばらに行き来している会津若松駅の入り口を見つめながら、颯太は自分の持ち場に戻った。
ー会津中将と大和撫子 spin off 【完】ー
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