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#186 「痛いの痛いの飛んでいけぇ~」

”オマジナイ”と聞くと,何となく胡散臭(ウサンクサ)い気がするのは”気のせい”でしょうか? 今回は,ヒトの知覚,神経のお話.

”手当て”

 どこかで脛(すね)をぶつけると,思わず「イタァッ!!」と言いながら,痛い場所にほぼ”反射的”に手を当てます.「痛いの痛いの飛んでいけぇ~」と誰かにさすってもらったのは子供の頃,大人になると独り言を一瞬言った後に自分の手で応急処置をします.手で触って,何となく(!)痛いのを散らしている気がしています.(これが本当の手当て!?)

”優先順位”

 痛みを感じる”痛覚”神経よりも,実は「手当て」を感じる”触覚”神経の方が脳の認知では優先されるそうです.「痛み」を感じるとき,近くのどこか他の場所を自分の手や他人の手で「触れる」だけで,脳は痛みを感じるのが「鈍感」になり,これって,すごいことです.もし痛みを感じないと,それはそれで困ったことになります.大けがをした時などに出血多量で生命の維持に危険が迫るので「痛くて我慢ならん!!」と思わせることで,何とか危険を脱出しようとするのが脳の働きのようです(スゴイ).

 しかし,その痛みを少し緩和できるのが,手で触る事だというのです.誰に教えてもらったのでしょうか? 子供の頃,転んだ時のあのオマジナイ,「痛いの痛いの飛んでいけぇ~」あのフレーズとともに手でやさしく何度も撫でてもらったあの記憶から,ほぼ反射的に「イタアッ!」とともに手で触る「手当て」を私たちは,修得しているのです.(簡単な”一時的な局部麻酔”とも言える?大げさなぁッ!) 

「ちちんぷいぷい 御代の御宝(ゴヨのオンタカラ)」

 ちなみにWebで調べてみると,痛みを和らげるオマジナイの由来・語源なるモノが幾つか出てきます.

撫でる 触覚? 声がけ 聴覚?

 さて,この触覚による痛みの緩和のような例,他にもある気がします.落ち込んでいるときに,やさしく声をかけてもらえると,気分が和(やわ)らぐ気がします.(脳生理学・認知科学が専門でない素人の私の個人の感想です.)

 ただし”声かけ”がいつも痛みを和らげるかというと,”腹(はら)の虫の居所(いどころ)”が悪いと,逆により怒らせたりすることがあります(何度か経験済み).聴覚は痛覚よりいつも優先順位が高いとは限りません.”気に食わない”声がけは,時に”力”を持ちません.”力ある声”がけは,時に触覚よりもより優先的に痛みを覆い隠す”マスク効果”があります(個人の感想です).どちらになるかはその日の気分次第で,気が合うか合わないかが決まるようです(経験済み).「感情・感性は,理論・理性では計算できない.」というのが,私の今までに学んだ経験則です.(誰もが経験済みだと思いますが,,,)

 ”声かけ”は慎重に相手の様子を観察して,内容やこちらの表情,音の音色(ねいろ)・声色(こわいろ)などの気配りが必要です.単に手で撫でるのとは大違いです.やはり,”声”だけに,時にその使い方は”コェ~”(怖ぇ~),,,お後がよろしいようで.