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地味な魚【ショートショート】

深海のサンゴ礁には、色とりどりの魚たちが集まり、その姿はまるで一大カーニバルのようだった。その中に、ひっそりと目立たない魚がいた。彼の名は「モノトーンフィッシュ」。その名の通り、全身が淡い灰色で、周囲の岩や海藻に溶け込むようにして生きていた。

ある日、モノトーンフィッシュは海底をゆっくりと泳いでいると、前方から派手な魚が近づいてきた。彼の名は「キラキラフィン」。その体はまるで宝石のように輝き、見る者すべてを魅了するほどの美しさを誇っていた。

「おい、そこの地味魚!見ろ、この光沢!」
キラキラフィンは得意げに体をひねり、全身を輝かせた。
「この鱗のおかげで、俺は敵にも仲間にも一目置かれてるんだぜ。お前も少しは目立てばどうだ?」

「いや、僕はこのままでいいよ。」
モノトーンフィッシュは控えめに答えたが、キラキラフィンは鼻で笑った。

「フン、そんな灰色じゃ、この海で生き残れるわけないだろ。俺はいつだって輝いてるんだ、これが生きる力ってもんさ!」

その日の午後、巨大なバラクーダが現れた。鋭い歯を持つ捕食者で、特に光を好む。遠くからでも、キラキラフィンの輝きが彼の目に入ってしまった。

「な、なんだあの光は…?」
バラクーダは目を光らせ、キラキラフィンに向かって突進してきた。

「逃げるんだ、キラキラフィン!」
モノトーンフィッシュが叫んだが、キラキラフィンはその自慢の輝きを失うことなく、なおも誇示し続けた。

「俺には追いつけないさ!」
そう言って逃げようとしたが、光りすぎて目立ちすぎた彼は、あっという間にバラクーダに捕まってしまった。彼の輝きが命取りになったのだ。

「目立つのも、危険だな…」
モノトーンフィッシュは静かに海藻の影に身を隠した。

次に出会ったのは、「トゲトゲガード」。彼は大きな体を持ち、全身を硬い鎧のような鱗と鋭いトゲで覆われていた。自慢の鱗は敵を寄せ付けず、彼に自信を与えていた。

「見てみろ、この体。俺を襲おうとするやつはみんな返り討ちにしてやるんだ。お前も、もっと頑丈な体を持たないと、この海では生き残れないぜ!」
トゲトゲガードは鼻を鳴らしながら、誇らしげに言った。

「でも、その大きさと硬さだと、動きにくくない?」
モノトーンフィッシュが心配して尋ねると、トゲトゲガードは豪快に笑った。

「動きなんか問題じゃない!俺のこの鎧があれば、誰にもやられやしないさ。さっさとどこかへ行け、弱っちい魚め!」

その直後、海流が激しくなり、大波がサンゴ礁に打ち寄せた。魚たちは大急ぎで避難し始めたが、トゲトゲガードは頑丈な体を頼りに波に立ち向かおうとした。

「俺は負けないぞ!この鎧があれば大丈夫だ!」
しかし、彼の重い体は波に流され、巨大なサンゴに挟まれてしまった。鋭いトゲが逆に引っかかり、彼は動けなくなってしまったのだ。

「こんなはずじゃ…助けてくれ…」
だが、トゲが邪魔で彼は逃げられなかった。次の波にのまれ、彼は見えなくなった。

モノトーンフィッシュは、またひとつ学んだ。
「頑丈すぎるのも考えものだな…」

次に出会ったのは、「ターボフィン」。彼は驚異的なスピードを誇る魚で、いつも海の中を全速力で駆け回っていた。

「見ろよ、この速さ!俺に追いつける魚なんて、この海にはいないぜ!」
ターボフィンは自慢の速さを見せつけ、勢いよく水面を切った。

「確かに速いね。でも、そんなに速く泳いでたら疲れちゃわない?」
モノトーンフィッシュが尋ねると、ターボフィンは嘲笑した。

「何言ってんだ!速さこそが命だ。お前みたいなノロマなやつには分からないさ!」

その瞬間、上空から大きな影が急降下してきた。海鳥だ。彼はターボフィンを狙い、一気に掴み取ろうとした。

「な、なんだ!?」
ターボフィンは慌てて逃げようとしたが、あまりにも速く動いたせいで、自分がどちらに向かっているのか分からなくなった。そして、全速力で岩に激突し、そのまま海鳥に捕まってしまった。

「速さだけじゃ、どうにもならないこともあるんだな…」
モノトーンフィッシュはまたもや静かに呟いた。

数週間が過ぎ、海は静かになった。かつて自分を見下していた魚たちは、次々と消えていった。輝きを誇ったキラキラフィンも、硬さを誇ったトゲトゲガードも、速さを誇ったターボフィンも、皆、自分の強みが仇となって命を落としていた。

そして、残ったのはモノトーンフィッシュ。彼は今日も変わらず、灰色の体で海をゆっくりと泳ぎ続ける。誰にも注目されず、誰にも自慢されることもない。しかし、彼は確かに生き残っていた。

「結局、派手さや強さ、速さが無くたって…ただ地道に生きてられれればそれでいいのにね」

そう言って、モノトーンフィッシュは今日も海藻の陰にひっそりと身を潜めた。派手さや自慢がなくても、彼にはそれが何よりの生き方だった。

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