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「ふらり。」 #8 垢

イマジナリーフレンドが100人いる主人公、
学文(まなふみ)のふらり、ふらり小説。


ちょっとした出先から帰ってきただけでも、学文は前身に汗をかいていた。今年は梅雨明けも早く夏が長いせいもあり中々体にも厳しい。

家に帰ると直ぐに風呂場に向かう。脱衣場で汗まみれになった衣服を脱ぎ捨て洗い場に入る。学文は汗をかいたら風呂で汗を流さないと落ち着かないのである。

少しぬるめにしたシャワーを頭から浴びる。火照った体と心が少し楽になる。

学文は鏡を見て思う。40を過ぎると白髪が増え髪も細くなった。着実に老いを感じて色々な感情が湧き上がるのが面白くもあった。自分の家系や生活態度を見て確実に人生の折返しは遠に過ぎていると思っている。その終焉に向けて身体も走り続けている。そこには寂しさや情けなさ、これからの未来に対する不安と興味、変貌する身体の単純な好奇心…等々の複雑な思い、感情がある。

頭にシャンプーで洗い流してコンディショナーをつける。
そして腕から胸や脇、背中、又、足とゴシゴシとナイロンタオルに液体石鹸をつけて洗い上げる。

また頭からシャワーを浴びて泡を洗い落とす。身体から泡が排水溝へと流れ落ちた。

学文はそこに目をやる。排水溝は泡が渦を巻いている。泡には抜け落ちた毛や垢が混じっている。身体からにじみ出て、泡と一緒に流れ落ちた皮膚のうわ皮に汗や脂、ほこりがまじった垢と呼ばれている汚れが粘度をもち、水と泡に運ばれて排水口のところで薄い層を作っていた。

「人間の細胞は数年ですべて生まれ変わり別人になる」なんて話もある。まあ人間の細胞の生まれ変わるスピードは部位によって変わるので流石にこれは与太話ではあるが、身体の中で日々新陳代謝されている。

細胞の中にあるDNAによって正しく自己修復されていく。そのDNAに異常をきたすと正しく自己修復されずに人としての形を保てなくなる。

毎日どこかで起きる身近な人やそうでない人達の病気や事故、事件。さまざまな歴史、記録、学問、健康。人の死は案外身近であり、人の身体は毎日自分の身体を成す為に日々創造と破壊を繰り返している。

そういう様々な記憶や知識が頭によぎると、排水溝に溜まった垢も身体が代謝して明日に繋がる体作りをしているのだと思うと愛おしくなる。そして決して新しくなる事が無いこの身体を思うと、自分が少し古びながらも毎日走り続ける車にも思えてくる。

ガソリンを入れ、油を注ぎ、ワックスを塗ってやる。いつか止まってスクラップになるまで。

それまでに走って止まってを繰り返し、さまざまな景色を見たいと思う学文であった。

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