日記2
「ずっと望んでたことだしさ、嬉しいことだと思うんだけど、わかんない、なんかよくわかんない感情があって、どうしたらいいのかよくわかんなくて」
「うん」
「うん」
「それはさ、お葬式みたいなのをやってあげたらいいんじゃないの」
・・・
3月から、東京への異動が決まった。つまりそれは、2月いっぱいで、地方勤務が終了するということだった。
私は半年前ぐらいから異動願いを出していて、元々東京に戻るつもりでずっと働いていたんだけど、いざ、異動告知をされたとき一番初めに思ったことは、どうしよう、だった。
福島で過ごした一年に終止符、東京での生活がまた始まる。
24歳になって、私はここで、初めて生まれたんだと思った。なんの比喩でもなく、私という人間が、初めて私になった、私はここで、0から1になったんだ。
生まれ育った地元も、大学に通った東京も、くそくらえと思いながら出てきて、こんな風に、ひとつの土地を愛しく思うなんて初めてのことだった。でもそれでも、幾度となく引っ越しをしてきた、あの一つ一つの家の、木の匂いとか、床の軋む音とか、窓の外から聞こえる子供達の笑い声とか、そういうのを思い出して、今はどうなってんのかなとか思って、でも別にもう行くこともないしなって思って、だからこれでいいんだって思って、失ったのか、失ってないのか、そこにあるのか、ないのか、今もずっと分からないのは、ああ、私はお葬式をしてこなかったからだ。
でもさ、お葬式なんてしたら、本当に終わっちゃうでしょう。私の過ごした風景が、確実に過去になって、戻らないものになって、届かないものになるんでしょう。もう私はここには戻らないって、戻れないって、そういうことでしょう。お葬式をするというのはつまり、そういうことを確認するということでしょう。
戻りたくない。くそくらえ。必要ない。忘れたい。無かったことにしたい。だから考えなくて済んだ。そうしたら曖昧なまま自分が傷ついてんだかついてないんだかもよくわかんないまま、よくわかんない感傷だけが残った。じゃあどうしたらよかった? ずっと終わらないで欲しかった。本当は何にも失いたくないだけだよ。本当にもう何も失いたくないよ、もう何にもいなくならないでほしいだけだよ。じゃあいなくならないでって言えばよかった。なんで言えなかった? いなくならないでって言うってことは、いなくなるって分かってるってことだから。いなくなるって分かってるってことは、いなくなるってことだから。いなくなるって、そんなの、なんで? なんでそんなこと、直視したらおかしくなってしまうようなこと、じゃあ愛してたのかって、もうそんなのはわからない、ただ失いたくなかった、そんな我儘な、都合のいい答えだけ残って、ああ何の話がしたかったんだっけ。
・・・
彼がバイクに乗る時、特に雨の日、気をつけてねと言わずにはいられない。それを見かねた彼に、あのさ、俺のこと頭で何回殺した?と聞かれた。確かに頭の中で軽く3000回ぐらいは殺しているかもしれないと気付いた。でもそれは、この愛しい生命体が、いつか必ずいなくなるという変えられない事実を、それがほんの数分後かもしれないという悲劇を、到底受け入れられそうもないそのことを、受け入れようと必死なのだ。ずっとそうだ。人の気持ちは変わるって、いつか彼の気持ちが変わるその日を恐れて、毎日言い聞かせているんだ。本当はずっとここにいてほしいって、言えたらいいだけなのに。いつ死ぬかわからないこと、わたしたちの毎日が死を孕んでいること、どんな人にもみな平等にやってくるその喪失に耐えられるように、私は今日も諦めたふりをしている。
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