ハードボイルド

バーボンのグラスの中の氷が溶けていくのを眺めながら俺は店内のジャズに耳を傾ける。小気味よいピアノの音色が俺を深い夜に誘う。

「なあマスター、ビル・エヴァンスのレコードなんてアンタもセンスが良いんだな。」

「いや、これは上原ひろみ。」

まぁいい。そんなこともあるさ。
こんな時はタバコを吸って心を落ち着かせよう。
セブンスター・ボールド・ブラックに火を点ける。火を、点ける。点ける。点け……る、火を点け、

「お客さん、吸わないと。それじゃ火付かないよ。」

そんなん知っとるわ。今そうするところだったわ。気を取りなおしてセブンススター・ボールド・ブラックを吸い、燻らせる。咳が出てしまった。どうやら風邪のようだ。俺らしくない。静かに立ち上っていく煙なんかを見てると、いやこれは涙なんかじゃない、心の汗さ。
タバコはタールが高ければ高いほど格好良い。
そういうものなんだ。恐らく。

とびきり強いバーボンのグラスを口に運ぶ。
この苦さ、渋みが、ガハッゴホッグヘッ、風邪が悪化したようだ。どうしたものか。俺らしくない。それにしても「チェイサー」って酒は水のようにゴクゴク飲めてしまうな。

「お客さん、何がしたいか分からんが、今日はもう大人しく帰んな。」

…マスター、お勘定

「別に格好よくねえよ、それ。」

俺はマスターに言われるがまま、バーを後にした。正直言うとモテたい。自分がが何者になりたいのかも分かっていない。 しんどい、辛い、どうしたらいい。

冷たい夜風は俺の身体を突き刺すように吹く。
手足の先まで冷たい俺の身体。
心まで冷え切ってしまった様だった。

そんな翌日の俺はというと、本当に風邪になってしまっていた。一人暮らしで引く風邪程辛いものはない。

母ちゃん…俺、明日から仕事探してみるよ。

LIFE GOES ON. 




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?