【諺】ロバに水を飲ませることはできない(#嫌われる勇気)
天気のいい日は春の空気が感じられる季節になってきましたね🌸
私は花の中で桜が一番すきです*'')♡
みなさま、こんにちは。
今日は、最近読んですごく影響を受けた本「嫌われる勇気」に出てくることわざから記事を書かせていただきます。
嫌われる勇気
哲学者がとある”青年”に「アドラー心理学」を対話を用いて説明していく物語。対話形式で進むのでスピード感がありとても読みやすい本でした。
アドラー心理学は”勇気の学問”
人生はシンプルであり、だれでもみな幸福になれるということを唱える心理学です。
あらすじはさておき、今回は嫌われる勇気を読んで一番響いた言葉を紹介します。
ロバを水辺に連れていけても、水を飲ますことはできない
この言葉は、海外のことわざのようです。
馬やラクダに置き換えられることもあるそう。
どんなに喉が渇いたロバでも、水を飲むかどうかはロバの意思で
人間が無理やり飲ませることはできません。
人間ができることは水辺にロバをつれていくことまでしかできないのです。
課題の分離
このことわざは、他人の課題と自分の課題を分離しなければならないというアドラー心理学に基づいた考え方をよく表しています。
あくまで”行動することや変えること”ができるのは”自分の課題”までです。
他人の課題と自分の課題をごちゃまぜに考えることで人間関係のトラブルに発展し、ストレスとなる。
他人の課題を切り分ける
本内では親子を例えにだしていました。
親が子供に勉強させることはできない。
勉強するしないはあくまで子供の意思(子供の課題)である。と。
親の課題は子供に”勉強させること”ではないのです。
ロバに水を飲ませることができないように、子供勉強させることもできない。それは他人の課題。
では親の課題はなんでしょうか・・・?
自分の課題と向き合う
そうです。水辺に連れて行ってあげることまでは”親の課題”ですね
例えば、通いたければ塾にいかせる用意があると伝えておくことや、勉強に必要なノートやペンが欲しいと子供がいうのであれば買ってあげる、等
勉強したくなった子供のサポートが”親の課題”です
そして他人の課題に対して、進んでいようがいまいが腹を立てる必要もありません。そこには”嫌われる勇気”が必要になってくる
おせっかいな自分と向き合う
本を読んで今の私に置き換えてみました。
最近、自分でやりたいことが増え、行動していくとどうしても他人を巻き込みたい気持ちがあふれかえってきます。
いいものを共有したい。一緒にやってほしい。
大きなおせっかいとわかっていてもこういう気持ちはあふれてきます。
私は他人の課題に踏み込みすぎています。
水辺までは案内していい
最近お金の勉強を始めて、自分のお金の使い方を見直せるようになりました。私には借金をして生活している友達が何人かいます。
大事な友達に対して、ずっともやっとしたものをずっと感じていました。
助けたいけど、踏み込みたいけど、もやもやもやもや・・・
そこでロバのことわざに習って、自分の課題と他人の課題に分けてみることにしました。
家計簿のつけ方を教えることはできるし、固定費の見直しをしてあげることもできる。でもしてほしいかは友達に任せる。
やりたくなったらきいてと。
友達もそのまま受け入れてくれ、私の気持ちを伝えられたことでもやも晴れました。
悩みは対人関係がすべて
少し長くなってしまいましたが、今日ご紹介したのは嫌われる勇気のほんの一部。
ロバの話から課題の分離について今日はお話させていただきました。
相手にたいしてどうしてと悩んだ時にはぜひ課題の分離してみてください。
それは決して無責任なことではありません。
今日も素敵な言葉や考え方にめぐりあえますように・・・
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