それ酔ってないときに言ってもらっていいですか

「なんで誘われたのかって思ってる?」
新宿の奥の、迷路みたいな路地を颯爽と抜けたどり着いた居酒屋で、砂肝を噛みながら先輩はそう言った。
「いやぁまあ、二人なんだとは思いましたけど」
「そうでしょう、サシなんだって思うよねぇ」
しかもそんなに仲良いわけでもないしね、と先輩は目をそらしながら左側だけ口角をあげた。
同じサークルの先輩。次の春には卒業する、2つ年上の先輩。
「だけど他に思い付かなかったのよ、あなたと仲良くなる方法」
ばつが悪そうに先輩は僕を見る。切れ長の目が、やけくそ染みた色を帯びていた。
「好きかもしれないと思ったから誘ったんですよ。正確に言えば、気になっているから」
知りたくて、あなたのこと。
目をそらした先輩は、くいっと日本酒を仰いだ。

「ああやばい、酔った、待ってちがうの、ほんとはこんなつもりじゃなかったの」
2軒目を終えたとき、先輩はもはや立派な酔っぱらいで、ヘラヘラと陽気に笑い、あらゆる関節には力が入っておらず、まっすぐ歩くのさえ難しそうだった。
「とりあえず水飲んでください、コンビニ行きましょう」
「あー、アイス食べたい、一緒に食べよう?」
さっきの謝罪なんてなかったかのように、子供みたいな顔でデザートをねだる。
バニラ食べれる?わたし一口でいい、という宣言と違わず、少しだけスーパーカップをガードレールに腰かけて味わったあとは僕に押し付けられた。
「ねえ、あのね、ほんとに私はあなたのこと知りたいなって思ってて、それはあなたが気になっていたからなんだよ」
顔を覗きこむようにして先輩が言う。
「でもさあ、こんなんじゃそんなん言われても嬉しくないよねぇ」
はは、と顔を背ける先輩にった。
「こんどランチしませんか、ノンアルで」
「え?」
先輩が本当はそんなにお酒に強くないことを知っている。いつもだったらばか騒ぎする他の先輩たちを置いて、居酒屋を抜け出して、喫茶店にいたりすることも知っている。
それから、実は緊張しいなことも。
だから今度は、お酒じゃなくて、温かいココアで緊張をほどいて欲しい。
「今日、誘ってもらえて嬉しかったです。僕も先輩のこと好きです」
思いがけずビックマウスな台詞が口をついて、どうやら遅めのアルコールが回り始めたようだった。

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