香水が欲しい

 二年ぐらい前から、香水が欲しいなとぼんやり思っていた。だけど、それよりも強い気持ちで選べないなとも思っていた。香水をつけている友人と会うと、後からその人を思い出すときに香水の匂いもセットで浮かんできて、香水がパーソナリティと同じくらい、個人の輪郭を強く描く、と感じていたからだ。
自分のことも自分でわかってないのに、「自分らしさ」を演出する香水なんて選べないし、あんなにたくさん種類があるのに、その中から一つだけピックアップするなんて、気の遠くなるような作業のような気がした。
香水を使っている友達にそんな話をしたら「わたしはいくつか香水を持っていて、その日の気分に合わせて変えているよ、アクセサリーと同じ」と言われた。わたしはなるほどそういう使い方もあるのか、ずっと同じものを使い続けるイメージがあったからそんな気軽に変えるなんて考えたこともなかった、と思いながら、一年前に買ってからずっとつけっぱなしの指輪を見た。取り換えがきくなら、買わなかったな、この指輪。

少しまえ、友達の香水を買うのに付き合う機会があって、一緒にいくつか香水を置いている店をまわった。めでたくその友人は香水を選んで、翌日から使用し始めた。
次に会ったとき、やっぱりいい香りがして、その人の持つ存在感が増したような気がした。隣に立っているだけなのに、香りがあるだけで見えなくてもいることがわかるからだろうか。しっかり存在している、という感じがして、やっぱり香水いいな、と思ったのだった。

 香水はつけていないけど、後輩に「先輩の匂い好きです、洗剤と煙草の匂い」と言われたことがあった。まるでヒモ体質の男みたいだなと思ったけど、人はそれぞれに肌の匂いというのを持っているらしいし、既に自分の匂いがあるんだな、と思って、でもあまりに身近過ぎて全然自分でどんな香りかわからないから残念だなと思った。
そういえば、その人特有の香りと言えば、母の白いシルクのパジャマを思い出す。もうくたくたになってしまって、パジャマ自体は捨ててしまったのだけど、子供の頃にそのパジャマの匂いが好きで、タグだけ切って「たいせつなもの入れ」に入れたのだった。母は香水をつけないから、純粋に「母の匂い」なのだと思うけど、甘くて、でも嫌味がなく、安心する匂いだった。ああいうのは、人工的には作れないんだろうなと思う。

結局私が香りを身に着けたいのは、私を象徴するものが欲しいからなのだと思う。それはいい匂いがしたら近くにご飯屋さんがあるな~と思うのと同じで、「確実に在る」ということの裏返しだからかもしれない。思えば私は「ずっと同じ」ということを怖がりながら、ずっと欲しがっていた気がする。

というわけで、自分の輪郭をもう少し強くするために、近々香水を買いに行きたいと思う。「取り換えがきくならいらない」なんて上で豪語したけれど、飛び込んでみないと一生手を出せない気もするから、ひとつ肩の荷が下りたころに買いに行きたいな。

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