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母を訪ねて上五島【後編】世界に認められた信仰の象徴

10年振りに訪れた五島列島。母に案内してもらいながら島内を散策していて強く感じたのは、昔ながらの伝統や言い伝えが今も日常生活に深く根付いているところです。

どの道を歩いていても、山の神、海の神、風の神、火の神、水の神など、島の至るところに神様が祀られていて、決して華美な雰囲気では無く、狭い路地の中にもひっそりと、慎ましささえ感じるほど暮らしの風景に溶け込んでいました。

さらにこの地方はキリスト教の信仰も深く、島の至るところにキリシタン墓地があり、信教の違いを当然のことと捉え、お互いが自然に尊重し合える心の温かさを感じました。

その後、母の民泊でもある趣の深い古民家や、ご先祖様のお墓がある丘に登り、ウグイスの声を聴きながら海と山を一望できる絶景を眺め、目一杯に心の洗濯をさせてもらいました。


翌日、7月3日の朝6時、潜伏キリシタンの聖地と言われている頭ヶ島天主堂へ行って参りました。
訪れた時はまだ世界遺産に登録される前で、早朝という時間帯もあり、静けさの中に厳かな雰囲気があり、とても気持ちが引き締まりました。

この全国的にも珍しい石造りの教会は、豊かな自然と海に囲まれながら、一体どのようにして建てられたのか…。上五島で生まれ育った義祖母が伝え聞いた話では、教会の立地的にも海岸側からしか砂岩を運べず、船に乗せて一日に運べる石は2つか3つ、信徒さん達が10年以上かけて完成させた、この土地の人々の信仰の象徴とのこと。

教会の近くには、潜伏キリシタンへの弾圧の歴史を記した碑が建てられており、町の資料館などでも当時のあまりにも悲しい記録を紐解くことが出来ます。

旅を終えた後に自分なりに調べたところでは、女性や子供も容赦なく牢に入れられ、人を人として扱わないような迫害により、犠牲になった人もたくさん居たそうです。正直、2018年に世界遺産として認められた時も、これを素直に喜んで良いものか悩んだほどです。

そもそもこのような最果ての地に、隠れるように教会を建てなければならなかったこと自体が、禁教期におけるキリシタン達への迫害の厳しさを物語っている訳で、今回の世界遺産登録は、建物や景観の稀少的価値よりも、当時の排他的な歴史や文化、それでも守り抜いたキリシタン達のひた向きな信仰心が世界に認められたのだと思っています。


教会の内部は、朝の光を吸い込んだステンドグラスがとても美しく、信者さん一人ひとりの座布団や書物が整然と並んでいました。改めて、この地で殉教した多くの人達を思い、慎んでお祈りさせて頂きました。

教会から望む海は本当に絶景で、キリシタン墓地から浜辺へ降りて、この島を訪れた思い出にと、母が拾い集めてくれた綺麗な砂を持ち帰りました。

今はコロナ渦もあり、特に離島への往来は慎重にならざるを得ませんが、もしまた自由に移動出来る時期が訪れたら、また訪れてみたいと思っています。

せっかくなので、母の民泊のホームページをこちらにリンクさせて頂きますので、一度覗いてもらえると幸いです。
民泊【絲】ホームページ

長文の旅行記になりましたが、最後までお読みくださりありがとうございました。

【前編】はこちらです。


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