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世界のヒロシマ

 宿は相部屋で、ここにも外国人がいた。飛行機の整備士と、ドイツの学生だ。さっき食堂で話した二人も、明日は原爆資料館へ行くと言っている。


 丹下健三の設計で一九九四年に改築された資料館は、高床式になっているので、一階に当たる部分がない。「廃墟から立ちあがる人間の強さを表し、公園の南にある平和大通りからも原爆慰霊碑を拝めるように」という意図があるようだが、そのことを知らなくても、東西に長い建築から、詩を感じる。見学を終えた人が、北側のガラス越しに原爆ドームを改めて見、静謐な通路を歩く。その時間と空間のうちに行う心の整理と、祈る、“平安”の声――。


 食堂でオランダ人と会った。名門サッカークラブ〈フェイエノールト〉のTシャツを着ている。当時小野伸二選手が在籍していたこともあって、日本人で何度か見かけたが、その青年はチームの地元、ロッテルダム出身なので、本場の空気が漂う。

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