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いつもはいつまでもじゃないんだよな

今朝、通勤途中にまたひとつ、何度か足を運んだことのある店の閉店を知った。


休日でガラガラの総武線でひとり、じくじくと胸が痛むような気持ちになった。
じくじくじく。
感情に音なんてないはずなのに、静かに、確かに疼く。痛ぇ。



就職活動中にはそこで履歴書を書いた。
ちょうど当時の恋人が地方配属になり、会う頻度も減り、連絡さえ疎遠になり始めていた時期だ。
まだまだ遊んでいたいのに、着たくもないスーツを着て眠い目を擦りながらエントリーシートを埋め自分のスペックに絶望しバイトにもなかなか入れない。だからお金もそんなにない。
何かもう、色々な小さなことに、少しずつ疲れていたのだと思う。
その店のマダムは、紅茶一杯で紙ペラ相手にひとりウンウン粘る私に
「そこの席、暗くないかしら?」
と静かにお冷やを注ぎに来てくれた。
その時書いた履歴書は、今勤めている会社のものだった。


最後にそこへ行ったのはいつだったかとフォルダを見返してみたら2020年8月11日だった。
甘く冷たい珈琲フロートをちびちび飲みながら江國香織さんの『流しのしたの骨』を読んだ。

コーヒーカンタータの一節が印刷された黄色い伝票が、何だか好きだった。




この街へ出てきてはや五年、Googleマップのピンの数は増えるばかりだ。
行ってみたいと心に留めていた店。
一度行ってまた来ようと誓った店。
足繁く何度か足を運んだ店。
行きたくても今はもうそこにない店。
仕方がないとわかっていても、そんな場所がひとつ、またひとつと増えるたびに私の胸はじくじくと静かに音を立てる。


大学時代、喫茶店の研究をしていたゼミの先輩が
「いつもはいつまでもじゃない」
というようなことを言っていた。


だから記憶を記録として、残しておこうと思うのだ。

(この記事の写真はすべて、今はなき店で撮影したものです)

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