見出し画像

『クロックワイズ・メカニクスへようこそ!!~犬獣人と八文字の伝言(回答編)』

クロックワイズ・メカニクス小説総集編第ニ巻収録(第四話)
◯ほのぼの獣人スチームパンク短編連作。時計工房で働く犬獣人の少年クストと、技師である羊獣人の少女ウル、そのふたりを巡る物語です。

◯もくじはこちら。

◯出題編はこちら


画像1

 簡単な暗号だよ、コーヒーでも飲みながら話そうか。

 『犬獣人(ファミリシア)と八文字の伝言(解決編)』

「おーい、わんころ、邪魔するぞー」
 今日も今日とて暇なクロックワイズ・メカニクスには、ふたりの狐獣人(ヴェルペ)が遊びに来ていた。貴族マクローリン家のお坊ちゃんノイン=シュヴァンツ=マクローリンと、そのメイドのクゥ=ノァイン=マクローリン。今日のお土産は貿易都市ストラベーン旅行で買ってきた蒸し(スチーム)パンで、クストは四人分のコーヒーを淹れたところだった。
 そしてストラベーン旅行のお土産はもうひとつ。
「あそこの国際展示場では年に二回、《ウス異本》というものの取引に関する大きなイベントが開催される。パパに顔出しついでにそこに遊びに行ったんだけどさ、そこにこういうウス異本が売られていたんだ」
 ノインのその言葉を受けて、クゥがかばんから出してきたのは、ひとつの冊子だった。かなりの上質紙が使われており、それを半分に折り曲げて中央を金属製の針を折り曲げたもので留められている。タイプライターで打ったような活字が並んでいた。
「……これは、小説?」
「そう。田舎者のお前たちはわからないだろうけど、こういう手作りのウス異本が流行っているのさ。小説の他にもイラストレーターが描いている本もある。ほんとうに文化的な空間なのさ」
「ほんとうに酷い人混みでしたわ。クスト様ったら、目を離すとすぐにどこかに行ってしまうものですから、ずっと手を繋いでおりましたの。そうしていても人混みに乗じてどこかに行ったり、トイレだからと手を離そうとしたり、まるで私に見られてはいけないものを買おうとしているのかと疑ってしまいましたわ」
 クゥの申告に、クストが顔を真っ赤にする。
「気のせいだ。貴族たるもの、文化的な空間でそんな邪なことは考えてないぞ」
「そういうことにしておいてあげますわ」
 基本的にこの蒸気と歯車の街、アンティキティラを離れたことがないぼくにとっては、いまだにどういうイベントなのか理解できていないけれど、活気だけは伝わってきた。そういえば、旅行ってあんまり行ったことがなかったな……。
「そこで手に入れたのが、この冊子というわけだ。開いてみてくれ」
 ぼくとウルがその冊子を覗き込むと、まずタイトルが飛び込んできた。
「《クロックワイズ・メカニクスへようこそ!》?」
 ぼくとウルは同時に声を上げてしまった。
 読み進めると、屋号はおろか、クスト=ウェナクィテスという名前も、ウルウル=ドリィメリィという名前も出てくる。誹謗中傷でも並んでいるのかと思ったが、そういうことでもなく、紙面上で交わされている会話は、まさにぼくたちが普段しているような会話そのものだった。また、ぼくの一人称でこの物語は書かれているのだけど、それもまさにぼくが考えそうなことで、読んでいて違和感がなかった。
「いったい誰がこれを……」
「さぁね」
「ノインが買ったんじゃないのか!?」
「いつのまにか紙袋の中に入っていたのさ」
 『犬獣人(ファミリシア)と八文字の伝言(出題編)』と副題が付けられているこの物語に書かれている内容は、たしかにそのとおりだった。商会への補助金の申請やらなにやらの関係で忙しかったときに、体調を崩して倒れてしまった。そんなところにウルの手料理を食らってばたんきゅーしてしまった。ノインをはじめいろいろな関係者に、《絡み合う双子座のマナ》で連絡を取ったのも事実だ。
 ぼくとウルは顔を見合わせた。
「こわっ」
「まぁ、それはともかく」
 ノインがひとつ咳払いをする。
「最後に《12648430》という暗号の意味がわからないんだ。作中でのわんころは当然のように理解しているが、回答がどこにも書かれていない」
 真剣な眼差しのノイン。ぼくがウルの方を見やると、ウルはコーヒーに口をつけていた。
「これ、ギミックというかヒントに気がつけばすぐにわかりますよ。実際いまぼくもウルも、流し読みしただけでわかりましたし……」
 ウルもこくこくと頷いている。
「ほんとうですの? クスト様のお心を煩わせてはいけないと、あれからずっと寝ずに演算をし続けておりますのに!」
 クゥが珍しく声を荒らげる。そうだ、たしかクゥは演算が得意で、どんな数字を言われても素因数分解できる能力を持っている。この8桁の暗号についてもいろいろなアプローチを試みたんだろう。だけど、そういうやり方を知っているからこそ、こういう暗号はドツボにはまる。
「そんな特殊能力がなくても解けますよ」
「わんころ、いまお前、すごくイヤ?な顔しているぞ」
「えー、そうですかー、すごく心外だなー、ははっ」
 とはいうものの、にやにやが止まらない。生まれてこの方、ぼくと正反対の裕福な生活を送っているノインに、マウントを取れる最初の機会だからだ。あぁ、少なくとも技師の勉強をしておいてよかった。まさかアレがこんなところで役に立つとは。
「もう少し頑張ってみてくださいね、きっと解けますよ」
 ノインがすごくイヤ?な顔をした。

 ※

「ちょっと、ふたりが考えているあいだにトイレ」
 と、ぼくが席を立つと、『わたしも』とウルがついてきた。
 ウルは小さな頃からコーヒーを飲むと、すぐにトイレに行きたくなってしまう。ぼくはウルのことならなんでも知ってる。さすがにアンティキティラに来る前のことは知らないけれど。コーヒーを飲みながら、歯車機構の作業をしていて、『このまま集中して作業続けたい』と『漏れちゃう!』の板挟みにあってもじもじしていることはよくあった。
 というわけで、ぼくはウルにトイレを譲ろうとした。が、今回はそういうわけではなかったらしい。ぼくのほうを真剣に見つめて、もじもじしている。
「……あの、その」
「どうしたの、ウル」
「この文章だとわたしがクストに、キ、キスしている描写があるんだけど……、誰かに見られてたのかな……?」
「ほんとにしてたの!?」

 ※

 羊獣人(オビスアリエス)の技師、ウルウル=ドリィメリィ特等工女による、クロックワイズ豆知識。
 レンチでちからいっぱいクストの頭を殴ると、気絶する。
「大丈夫なのか、わんころ」
「眠いんだって。最近寝不足だったようだし」
 クストが床に倒れているのを見て、ノインが心配そうな声を上げた。いつもは犬猿の仲というくらい仲が悪いふたりだったが、さすがにこの状態は心配してしまうようだった。ちなみにわたしは、彼らは似た者同士なのではないかと思っている。きっと、将来好きになるひとが出来たとしたら、それは偶然同じひとだったりして、ふたりで揉めたりするのだろう。
「寝かせておいてあげましょう」
 わたしはクストのことならなんでも知ってる。さすがにケムリュエからここに来る前のことは知らないけれど、どこをどう叩けばどれだけの記憶を失うかは承知している。天下のクロックワイズの特等工女を舐めないでほしい。
 ――君は知ってはならないことを知ってしまったのだよ。
 そして、思い出したようにトイレに駆け込んだ。危ないところだった。
「ふぃ?」
 リビングへ戻ると、ノインとクゥがうんうん唸りながら、8文字の伝言について頭をひねっていた。ああ、考えれば考えるほどドツボに入ってしまうというのに。そろそろ回答を上げないと、クゥさんの演算機能がオーバーヒートしてしまいそうだ。ムキになって顔が真っ赤。
「それじゃあ、解決編を始めよう。気がついてしまえば簡単な暗号、コーヒーでも飲みながら話そうか」
 わたしはクストの淹れてくれたコーヒーを、客人のカップに注いだ。さて、これからはわたしのターン。クストはなんだかノインに対して嫌味モードになってしまったので、眠っていてもらってちょうどいいのかもしれない。
「ヒントそのいち。この数列に数学的な意味はない。だから、素因数分解したり、数列としての規則性を求めようとしたり、加減乗除をしても意味がない」
 《12648430》という数字そのものに気を取られていては、いつまで経っても答えには辿り着けない。
「ヒントそのに。とはいっても、なぞなぞのような語呂合わせではないんだ。数学的な処理をしなければならない」
 もちろんノーヒントではない。解決の鍵となる単語は、ちゃんと作中に提示されている。。
「ヒントそのさん。というか、答えだけどね。作中で少しだけ浮いている専門用語が登場する。こんな単語出さなくてもお話は成立するのに、わざわざ登場させているということは、隠された意味がそこにはあるということ」

 ※

「ウル、コーヒー淹れておいたから」
「ありがと?、ふぁあ」
「16進法(ヘキサデシマル)の処理についてわからないところがあるから、後で教えろよな」
「お安いごよーだよ!」

 ※

 ――実際、この会話、幼いころにクストとしたことがあるんだけど、この本、ほんとに誰が書いたんだろう。
 まぁ、とりあえずここで解決しない問題は置いておいて。
「16進法(ヘキサデシマル)!」
 クゥがハッと顔を上げた。そしてその一瞬後には演算を終えたのか、『ああ、なるほど、そういうことでしたのね』と手を叩いて、コーヒーに口を付けた。隣でノインが『おい』と不機嫌そうな声を出した。
「なんだそれ?」
「わたしたちの数えている数は、十進法。1から始まって、10を数えるときに位が上がる。それを応用したのが16進法(ヘキサデシマル)なんだ。階差機関(ディファレンシャル・エンジン)なんかを設計したり運用したりするときによく使うの。見ていて」
 わたしはメモ用紙を広げて、万年筆を握った。
「十進法と同じ考え方、16進法(ヘキサデシマル)は1から数えて、16を数えるときに位が上がる」
「もう上がってるじゃないか」
「そう、わたしたちの用いる数字はあくまで十進法がベースになっているから、十種類しか数字が用意されていない。だから、拡張するのさ。数字が一桁では表現できなくなる10はA、11はBというようにね」
 ノインは首を捻っていたが、とりあえず15=Fのところまで書いた。
「そして、次は16。約束通り、16を数える時は位を上げるから、十の位が発生してそれは1。そして一の位は繰り上がったばかりだから0。つまり、16進法(ヘキサデシマル)において、16は10(イチゼロ)に等しい」
「なんだか気持ち悪いぞ」
「実際に利用しないとありがたみはわかんないよね……。それはまた今度の機会に教えてあげるから、とりあえずこれが約束だということを憶えておいてほしいの。だから、16進法(ヘキサデシマル)で数字を表現するときには、AからFまでのアルファベットは出現しうるということ」
「それでこの数字を変換するとどうなるんだ?」
 さて、《12648430》という数字。これを変換するためには、けっこうめんどくさい演算をしなければならないけれど、そこはこの雌狐がいるので大丈夫。
「というわけで、クゥさん。この8文字の伝言は、16進数表記にするとなんですか?」
「《シー・ゼロ・エフ・エフ・イー・イー》ですわ」
「なんだそれ」とノインが眉をしかめた。
 わたしはそれをメモ用紙に書き留める。
「《C0FFEE》」
 ノインが立ち上がる。そう、この《12648430》という8文字の伝言が意味していたところは、《C0FFEE》だ。この変換規則ではAからFまでのアルファベットしか使うことができず、O(オー)は表現できないから、0(ゼロ)で代用したのだろう。
「なるほど、コーヒーか」
 ノインはそういってカップに口をつける。
「たしかにこの物語の中で、クストに手料理を振る舞おうと、ウルはコーヒーを豆のままシチューに入れるという暴挙をしていたな。なるほど、そこから伏線だったということか。しかし、いくら創作とはいえ、そこまで誇張されると腹が立つなあ、ウル」
「そ、……そうだね」
 暗号の件以外はほとんど事実なのだけど、それはちょっと黙っておこう。

 ※

 一時間後、何者かに殴打されて記憶を失っていたクストがドヤ顔で帰ってきた。
「さぁ、解決編を始めようか。気がついてしまえば簡単な暗号、コーヒーでも飲みながら話そうじゃないか!」
「知ってるよ、《COFFEE》だろ?」
 しょんぼりするクストだった。

もくじはこちら!

♡数で記事の自己評価をしています。ぜひぜひ♡を押してください(*´ω`*)

よろしければサポートお願いします! いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!(*´ω`*)