見出し画像

ある男の告白

いいえ、そうではありません。
ただ私は誰も愛したことがなく、愛情の反対が憎しみであるなら、誰かを憎んだこともなかったのです。
確かに、ほのかな恋心のようなものや、なるべく会いたくない人はいました。ですが、それが心も体も許しあえるようなものや、つかみ合いのケンカになるようなことにならなかったのです。ただ、ささやかな感情の幅の中で生きていたのです。
それまで私の世界は穏やかさや静けさの中にありました。私の両親にしろ兄弟も、友人達も、激しい感情をあらわにしたところを見た記憶がありません。
もちろん多少の行き違いでの口論はあったと思います。ですが翌日遅くても数日すればわだかまりも消える程度のことです。

いいえ、それが幸せだったとは思いません。
本当の意味で生きることを知らなかったという点では、不幸であったとすら思います。
それは奇妙なくらい静かだったのです。
まるで雨戸を閉めきった部屋で、イヤホンをして美しい音楽を聴いているようでした。
そうです。
無責任に聞こえるかもしれませんが、気がつかないうちに全てはひどくなっていたのです。一歩外に出たら、家の周りは嵐でめちゃめちゃになっていたような感じです。

私はもっと耳を澄ませ、ありのままを見つめるべきだったのです。

画像1

(絵画と物語の始まりⅠ)(ルネ・マグリット)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?