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「火星の輪くまポフ」

土星には輪っかがあるけど、火星にはないよね。
そんな言葉を聞くたびに、火星の輪くまポフは、ウフッと薄く笑うのでした。

だけれど、何万年も大昔、火星には土星みたいな輪っかがありました。宇宙に出掛けた探査機により、そんなことが判明して、発表されました。星に興味のある人は、そうだったのか、と興奮して、そのむかしの火星の形を想像しました。

知ってるの、自分だけだったのにな、火星の輪くまポフはガッカリ。いえ、きっとガッカリしてしまう、と思ってたのに、実際は、嬉しくなりました。いえ、とてもとても、嬉しくなりました。

会う人毎に、よおっ、君、火星の輪だったんだね、と声をかけられて、こくり、と頷きながら、ある日、こう言ってみました。
こんなふうに調査されて発表されなかったら、みんな、わたしが火星の輪くまポフだってことがわからなくて、そしたらずっと、何者なんだろうって目で見られてたんだろうね。

すると、言われたひとは、そんなことないさ、だって、君は自分が何ものか言いたがらなかったもの。だから、火星の輪くまポフでなくて、分かられたくないくまポフかな、って思ってたよ。言ってくれれば、今は見えなくても、ああ、そうだったのか、その昔には火星と一緒だった、火星の輪くまポフなんだね、って理解したよ。

そう言われて、火星の輪くまポフは、しばらく下を向いていましたが、そうか、じゃあね、またね、と言うと、早足でそこを離れました。
目からシトシト流れる水滴を見られるのが、恥ずかしかったからでした。


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