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なぜ『ドクターストーン』が流行るのか?! なぜ化学者が「セレンディピティ」を感じられるのか?! スピリチュアル・カウンセラーの視点で読み解きます! ①

『ドクターストーン』
~愛だけが「サスティナブルな世界」をつくる!~

※わたしくし「たつ之あい」が、スピリチュアル・カウンセラーとして誠に勝手ながら独自の視点でお話ししてます。「そ~んな見かたもあるもんだ」くらいのお気持ちで読んでいただけると幸いです。

そして、このアニメを読み解くに当たり

huluと

アマゾンプライムの

アニメ『ドクターストーン』を参考にいたしました。どちらも素晴らしい内容とサービスですので是非お試しください♪

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この作品を目にしたのも『世界一受けたい授業』でたまたま知ったことと、また娘からも「これ観て!面白いよ!」と言われた事がきっかけでした。

「へ~。今はこんなアニメが流行っているんだ~!」と娘と一緒にアニメを観ていました。

そこで「科学VSスピリチュアル」の対立構図的な描写を見たのです。

「これは、今までマッドサイエンティスト(殺人化学者のこと。例:スパイダーマンの悪役など)と言われ続けたり、科学が悪者みたいな扱いを受けてきたことへのパラダイムシフトをさせようとしているな~」と思いました。

「でも、本当はずっと科学は人類の発展に一番貢献してきたはずだよな~。じゃ、ここには一体何が描かれているんだろう…」

そう興味が湧きました。そこで、この作品の読み解きをしてみよう!と思ったのです。

さて、このアニメの読み解きの副題としまして「セレンディピティ」と、「サスティナブル」という言葉を使っているかと思います。

「セデ…?サシ?ス…?なんじゃ、そりゃ?」ですよね。

さて、アニメとこの言葉達が一体どう関係してくるのか?

この言葉の意味は一体何なのか?

では、早速お伝えしていきましょう!!

【「セレンディピティ」とは?】

副題として、~なぜ化学者が「セレンディピティ」を感じられるのか?!~と書いておりますが、まず、この言葉の意味が分からないですよね。

それも、化学(科学)と「セレンディピティ」は真逆にといっても過言ではないと思うからなのです。

にもかかわず、なぜ化学者の方がこの言葉を使うのでしょうか?

【参考となった記事】
(ノーベル化学賞・鈴木章北海道大名誉教授の記事に、「何もやらない人は(偶然に物事を発見する能力である)セレンディピティに接する機会はない。一生懸命やって、真剣に新しいものを見つけようとやっている人には顔を出す」~ネットより~)

まず言葉の意味としては【セレンデイピティ:素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見すること。また、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけること。平たく言うと、ふとした偶然をきっかけに、幸運をつかみ取ることである。~ウィキペディアより】です。

つまり、偶然の産物のことです。

偶然と化学(科学)…。

真逆ですよね。

しかし化学者だからこそ、膨大な可能性の中からたった一つのあるかないかくらいの事に、「たまたま」とか「偶然」の力がなければたどり着けないことを知っているのだと思います。

つまり、何かをつきつめれば、つきつめるほど、「人智を越えた力」の存在に気づき、その力の発動なくしては、その発見や人類の進歩もありえないことを一生懸命だからこそ出合う…。

そんな「真理」なのだと思います。

もし、そんな力がこの世にあると感じられないなら、何かに「一生懸命」「没頭」していないのかもしれませんね。

さて、どうしてこの事を引き合いに出したかというと、今回読み解きをしようとしている『ドクターストーン』の内容が「科学VSスピリチュアル」の構図として描かれていると感じ、このアニメ(漫画)を読むと「科学が正しいの?スピリチュアルが正しいの?」と思わされるのです。

そして「セレンディピティ」とは、「スピリチュアリティ」があってこそ出合える偶然です。

では、スピリチュアリティとは何かといえば、自然を愛し、自然と共に共存し、お互いを尊重し合う考え方です。

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だからこそスピリチュアリティを謳っている方たちは、自然やオーガニック(有機栽培)などが大好きで、ケミカル(化学的合成)は敬遠していて、そして他を尊重している方たちだと思います。

しかし、この作品では「化学者の方こそセレンデピティと距離が近い」という、【本当のスピリチュアリティ】について語ろうとしている作品だと思うのです。

では、その「科学VSスピリチュアル」の構図についてお話ししたいと思います。

【科学者代表?スピリチュアル代表?】

このお話の主人公は「石神 千空(いしがみ せんくう)」という16歳の少年です。彼は科学マニアでちょっと癖のあるあまりいい人そうには見えないキャラクターで描かれています。

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そしてある日突然、地球上の全人類が一斉に石化するという怪現象に襲われてしまうのです。

そこから、3700年経過した世界で目覚め、自力で文明を再建しようと一緒の時期に目覚めた同級生と、そして千空が発明した薬で目覚めさせた他の同級生と共に奔走していきます。

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さて、人類が発展していこうとする時、まだ文明が未熟ですと、安定した食料の調達や猛獣からの危険があります。

そうしたピンチに遭遇してしまい、猛獣よりも強い力をもつ18歳の青年「獅子王 司(ししおう つかさ)」を目覚めさせることを余儀なくされます。この司という青年は、自然を愛し、その恵みに感謝をし、慈悲深い良い人の姿で描かれます。

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しかし、この青年が実は曲者で、彼は思想に合わない人間を容赦なく排除する危険人物だったのです。

それも幼い時に「死に逝く妹のためにせめて綺麗なものを」と海岸で貝殻を拾おうとしたら、漁業権の問題から泥棒と決めつけられ、釈明の機会も与えられることなく漁業権の権利所持者の大人から苛烈(かれつ)な折檻(せっかん)を受けたという過去の体験に基づくトラウマを持ち、その経験から「大人」を忌み嫌っていきます。

そして、「純粋な若者だけを復活させ、このまま誰のものでもない自然と共に生きていく」という選民思想を持ち、独善的な価値観で支配していこうとするのです。~ウィキペディアより~

千空は「人類すべてを目覚めさせたい」と願っているので、ここで

科学者代表「石神 千空」VSスピリチュアル代表「獅子王 司」

の構図が出来上がります。



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さて、科学とスピリチュアル、一体どっちが正しい?のでしょうか。

【スピリチュアリストでさえも陥る心の罠?】

前回の「『AKIRA』を読み解く」でもお話ししましたが、ここでも「司(つかさ)」がどうして極端な発想になってしまったのかといえば、幼少時期に体験した「トラウマ」より心が深く傷つき、また純粋だったがゆえに強烈に残ってしまったのではないかと思います。(これが、傷ついたインナーチャイルドですね)

無垢な白い生地にシミができると、そこだけくっきり際立ってしまいますよね。

(私たちはこれを「天使系」として、注意深くみていきます。純粋であるほど純粋に黒を排除しようとしてしまいます)

なんでもできる彼にしてみれば、それだけが彼の劣等感(コンプレックス)となり、排他的な思想へと転換していったのだと思います。

それは、『AKIRA』での「テツオ」のように…。

こうした劣等感は「自分の心の中にこそ存在している」ので、外へと原因があると思い、それが排除できれば、自分の劣等感や自分を否定するものはなくなると勘違いし、強力な力を求め、その原因を排除していくことに使ってしまいます。

しかし!

自分を傷つけるのはいつでも「自分の心の弱さ」からなのです。

「司(つかさ)」はまだ幼かったがゆえに大人からの圧力に無力を感じ、純粋に妹を思えばこそ、その無力さを痛いほど感じさせられてしまったのです。

それは、悲しい記憶であり、妹のつらさをどうにかしたいと思う気持ちがただそこにあっただけであり、その気持ちごと、大人から苛烈な折檻によって、強く否定されてしまったのです。

もし「彼女もつらかったよね」「そして、それを見ていたあなたも苦しかったよね」と、共感してあげられる大人がそこにいたら、彼の人生も変わったのかもしれません。

そして、もし成長したその後に、彼が幼い自分にそう寄り添ってあげられていたら、「千空」と一緒に人類を救おうと思ったのかもしれません。

【ツールが人類を救うのではなく…】

いつでも人類を救うのは、科学か?!スピリチュアルなのか!?という「ツール」ではなく、「救いたい」と思う「心」があってこそ、「ツール」が活きてくるのですね。

その「心」を失っていれば、科学を取り扱えば「マッドサイエンティスト」となり、スピリチュアルを謳えば「選民思想」からの「恐怖政治」となってしまうのです。

つまり、「科学」VS「スピリチュアル」ではそもそもなく、他者を思いやる心が「あるか」VS「ないか」だったのです。

今までは、科学の進歩に魅入られてしまった、数多くのマッドサイエンティストたちが自己顕示欲のまま人を傷つけてきた「物語(ストーリー)」が描かれてきたかと思います。

そして、その側面もあったのだと思います。

だからこそ、旧来型の科学者の汚名返上…といいますか、「科学は人を傷つけるためのツールじゃないんだ!」と強い気持ちを込めて、科学が大好きな子供たちや将来のサイエンティストの希望の光として「石神 千空」というキャラクターが生まれたのではないかと思うのです。

ずっとずっと科学者の人たちは、人類発展のために、人類のよりよい未来のために、命を削って生きてきてくれたのですから。

                       ……次回へつづく


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さて!次回は……

なぜ『ドクターストーン』が流行るのか?!
なぜ化学者が「セレンディピティ」を感じられるのか?!
スピリチュアル・カウンセラーの視点で読み解きます!②最終章

『ドクターストーン』
~愛だけが「サスティナブルな世界」をつくる!~

【人類発展に人生100年は短すぎる?!】

【愛だけがサステイナブルな世界をつくる】

是非、お楽しみに~!では次回まで、オヴォワ♪

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これからも「スピリチュアル・カウンセラー」の地位向上と、良質なカウンセラー育成のためにまい進していきたい思います!是非、ご賛同していただけると嬉しいです♪