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4月16日「バグ」

朝、目覚めてサラダを食べた。
昨日の晩御飯として用意したものだったけれど、お腹の許容量の関係で余してしまったものだった。新鮮さは損なわれてしまったかもしれないがそれでも美味しい。キューピーのゴマだれドレッシングが大好きだ。いろいろ試して辿り着いた最適解だった。

昔は野菜なんて好んで食べることはしなかったのに、今ではむしろ好きな部類に入っていた。食卓に出てきても愚痴を言わなくなったし、むしろ自分から用意するし、居酒屋でコブサラダやラーメンサラダを頼むことも増えた。
元を辿れば「一応ね」と健康を気遣うふりをしながら嫌々食べていたものなのに、不思議なものだ。心底嫌いな人は好きになる可能性もある、という理論を信じていなかったけれど、どうやらそれに近い。

身支度を済ませて出勤する。中途半端な天気をしていてあまり気持ちのいいものではなかった。
ネズミ色がかった雰囲気の中、エラーを起こしたみたな蛍光色の黄色が先の方に見えた。普段歩いて目にするような色ではなかった。警備員の安全のために施されたものでも、もう少し控えめにするだろうというような、世界のバグみたいな色だった。

近くまで寄って確かめると新しくできた美容室の看板だった。
入口の方を見やると、コンクリの外壁にシックな木材の店内をしていて、看板だけが違和感のある色合いをしているようだった。納得はいかなかったけれど、アイキャッチとしては成功しているのかもしれなかった。
でも、どうなんだろう。
飛び込みで美容室に入る人はいるのだろうか。ホットペッパーとかインスタとか、ネットで探す人が大半であるだろうから、看板を飛び切り派手にすることでどのような効果が見られるのか。僕には計り知れないことなのかもしれなかった。

それから仕事を済ませ、同僚と話をしていた。大学生のアルバイトである彼女は韓国が大好きで、よくその話を聞かせてきた。
好きなものを無邪気に話すのはいいことで、興味を示さない僕に対して、相当な熱量を持ってプレゼンするのは本当に好きな証拠だろうと思った。どんなものだろうと、好きなことを聞かされるのは気持ちのいいことなので、そこまで苦痛ではなかった。
ねじり揚げパンにクリームや果物を乗っけたデザートが次のトレンドになりそうだとのことだった。奢ってくれと言われた。働いて稼ぎなさいと返すと、そこからは自然と仕事の話になっていった。

韓国の流行のものが日本に輸入されるようになってしばらく経つが、興味よりも胡散臭いなという反応で返してしまう。アイドル文化には興味がないし、チーズタッカルビとか韓国カフェとか、試せば良さはあるのだろうけれど、手を出したいとはどうにも思えないでいた。
触れる前から批判する気はないし、それを好きな人たちは好きなものがあって素晴らしいという姿勢ではいる。でも、みんな本当にそれが好きなのかな、と思ってしまう部分がある。
韓国って頭につければなんでも食いついてしまいそうな危うさを感じるし、商品を提供する側にも、韓国ってつければいいんでしょみたいな空気感を感じる。

韓国煙草とか売り出したら未成年もたくさん吸うだろう。普通の爪楊枝を韓国爪楊枝として商品棚におけば即時に売り切れるだろう。
善悪の区別の前に、脳死の状態で提供して食いついて、という、水槽の中の金魚と飼い主みたいな関係性に見えてしまって、なんだかなあと思う。
きっとそんなことはなくて、僕が角度をつけて眺めているだけなのだろう。それでも、斜に構えるのが染み付いてしまって、どうにも楽しめないでいる。

そのまま帰路につきながら、今の流行って全部そんなものかと思った。『100日後に死ぬワニ』の電通よろしく、メインストリームの裏側には目論見とか暗躍とか出来レースが隠れていて、それを僕らが楽しんでいるだけかもしれなかった。
一から十まで仕組まれ、作られた世界。韓国のものという概念や、それを好きじゃなきゃ変という空気感すら、よくできたテレビ番組みたいに作られているような気がする。
そうやって調理されたものもいいかもしれないけれど、素材の味のまま提供してくれるものの方が、僕は好きなようだった。テキトーに歩いて目にする風景の方がテレビドラマよりも楽しいし、何の気なしにする友人との会話の方がお笑い番組より面白い。もちろんドラマもお笑いも好きだけれど。
韓国だって悪くはないと思うけれど。

夜ご飯の食卓に着くと、カクテキが乗っかっていた。美味しかった。
もしかして、僕が受け入れられないのは空気感ではなくて、「新しいもの」という事実なのかもしれなかった。だとすれば、僕は厄介なおじさんになりかけているということだった。自分のものも合わせて買って、ねじり揚げパンを一緒に食べてみようと思った。
名前はなんというんだったか。記憶が持たないおじさんだった。もっと厄介になる前に、嫌いなものも好きになれるといいのだが。

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