【食の記憶】あの海苔を超える海苔

5歳の頃、大人の事情で母方の実家に半月ほどホームステイした。
母の実家は中央線某駅からほど近い平屋で、井戸や土間があり、トイレは和式のいわゆる"ボットン"で、お風呂は無く近所の銭湯に行く。 
今風に言うと庭付き風呂無し2DD?
キッチンが土間なのでDKではなくてDD。
いちおう都内なんだけど当時はそんなお家が普通に存在していた。
そこに祖父母と母の兄夫婦(私の伯父と伯母)と、チコという白いワンコの家族構成で、伯父と伯母は当時としては珍しく共働きだったので朝早く出掛けていき、朝寝をした私に祖母が朝ごはんを用意してくれる。
ご飯、味噌汁、前夜の残り物といった献立だったと思うが、中でも土間のガス火でさっと炙ってから手でちぎり分けて出してくれる海苔が私は大好きだった。
祖母が白い缶から海苔を出し、マッチを擦って土間のガス台に火をつける(そう、当時はまだガスコンロなんてものは無かった)さまを、ワクワクしながら見つめたものだ。

その白い缶は当時、テレビCMで「上から読んでも山本山、下から読んでも山本山」のキャッチコピーと共によく目にしていた山本山海苔店の缶だったので、5歳の私はそれを目に焼き付け、ホームステイから帰ると母に同じものが食べたいとねだった。
なんてシブい5歳児なんでしょう。

母が買ってきてくれて、さっそく食べてみたら…違う。
なんか違う。
どこがどう、という繊細な味の違いなどもう忘れてしまったけれど、明らかに祖母が出してくれた海苔とは違っていて「ちがうー!これじゃないー!」とダダをこね、母もまた「わざわざ買ってきてやったのに!」とブチギレていたのはおぼろげに憶えている。

後日、母が実家に電話して聞いたところによると、近所の寿司屋さんから分けてもらった海苔を、山本山の空き缶に入れていたらしい。
なんだそういうことだったのか。

あれからウン十年、思い出も込みではあるがあの海苔を超える海苔についぞ出会えたことがない。いつか出会えるだろうか?

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