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世界一やさしい唄

お昼時。
昼ごはんを食べに、とあるお店に入った。

「いらっしゃいませー…あ、お久しぶりです!」

声をかけてくれたのは、そのお店のマスターの奥さん。お店の中では、お客さんの注文を聞いて奥にいるマスターに通す役割だ。

「今日も暑いですね〜」

冷たい氷水の入ったグラスを置いてくれる。

「今日は何にしますか?」

日替りでA〜Cの定食が選べる。魚が食べたいなぁと思っていたので、B定食を頼んだ。メニューは「鮭と白身魚のムニエル エビフライ タルタルソース」。既に美味しそうだ。

宮崎市で営業している「アンの家」。
ランチタイムになると満席で入れないこと日もある。40年以上、地元の人達から愛されているお店だ。
実はこのお店とは、7年ほど前から縁がある。

当時、僕は地元のテレビ局に常駐していて、自分が企画して立ち上げたコーナーを持っていた。「Reason〜輝く理由〜」というタイトルで、毎週県内で活躍する人達を紹介する3分くらいのコーナーだった。
その中で、このアンの家のマスターを取材した。

マスターはお店の他に10年以上続けていたことがあった。それは宮崎市内の保育園で親からの手紙をオリジナル曲にして園児達へ歌うというもの。
その保育園には毎月一回の「お誕生日会」があり、その会に合わせて園がこどもへのメッセージを親から募る。その手紙をマスターが預かり、歌にして当日に歌うという流れだった。園側も全面協力してマスターと一緒に、園児達にとって特別な「お誕生日会」を作っていた。

その様子が素敵で、映像化したいと思ったのだ。
当初は番組の中の一つのコーナーとして放送したのだが、マスターのやっていることが多くの人たちの共感を呼び、その後に改めて30分のドキュメントを作ることになった。
これに「世界一やさしい唄」というタイトルが付き、「ドキュメント九州」という番組で九州各県で放送された。2016年のことだ。

2〜3ヶ月かけて取材させてもらい、マスターと一緒に作り上げた番組。当然、取材を通してお互いの距離も近くなり番組の放送が終わった後も付き合いは続いた。

その後、僕にはこどもができ(今6歳の息子)、まだ息子が小さい頃からご飯を食べにお店に連れていっていた。
息子と一緒にいくと、通常の日替りメニューとは別に子ども用の特別メニューを出してくれたのがとてもありがたかった思い出だ。

保育園と関わりの強いマスターは、こどもが大好きでウチの息子のことも、事あるごとに気にかけてくれていた。
息子が小学校に入学した直後、グズって朝に大泣きする日が続いた。そんな時にこちらからは何も言っていないのに「息子さんは大丈夫?」とメッセージをくれたりした。タイミングがドンピシャ過ぎて「なんで分かったんですか?」と聞くと「何かね、夢に出てきたのよ。泣いてる姿が」と言って笑っていた。

取材した頃から7年以上経ち、マスターも60代半ばになった。それまで営業していた土曜のディナータイムは無くなってしまい、今はランチのみの営業になっている。でも、料理の美味しさは健在だ。

「息子くんが大学生になるくらいまで、俺生きてるかなぁ」

息子の近況を話すると、マスターは笑いながら言う。

「生きててくださいよ!てか、お店もやっててください」

「あはは!ムリムリ!」

マスターはいつだって明るい。美味しいご飯にプラスして、マスターからも元気をもらえている気がしている。

コロナの影響もあり「お誕生日会」のオリジナル曲の披露もも、今ではなかなか難しくなってしまった。
ただ、10年以上やってきたことは決してムダじゃない。

「あなたの後ろに座っているお客さん、保育園の時の保護者さんなんだよ。結構前のことなんだけどね」

日替りのB定食を持ってきてくれたマスターが教えてくれた。その少し後、マスターと後ろのお客さんが話している内容が聞こえてきた。息子さんは大学生になったらしい。そのお母さんはマスターと一緒に写真を撮っていた。後で息子さんに送るのだという。

マスターの「世界一やさしい唄」は、卒園しても尚、世代を越えて繋がっていられるきっかけなのだと思う。


(note更新215日目)

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