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マスクは戦うための仮面なのかもしれない

「何か気になること、ありますか?」

担任の女性の先生が手元の書類から顔を上げて聞いてきた。僕より10歳くらい上だと思う。一目見た時に「たしかにジャズが好きそうだ」と思った。年度はじめの学級通信で、ジャズとコーヒーが好きと書いてあったのを思い出したからだ。

先生から聞かれるだろうと予想していたので、ある程度話すことは決めておいた。

「息子がマスクを外そうとしないんですよ」

先生は「あー」と、思いあたる節がありそうに大きく頷いた。

息子が小学3年生になり10日ほどが過ぎた。だいたいこの時期に行われるのが、先生と保護者との二者面談だ。昔は家庭訪問なんてものがあった。家に先生が来るのをドキドキしながら待ってたものだ。それがコロナのせいか、いつのまにかなくなっていて、代わりに保護者が学校へ赴くスタイルになっている。

面談時間は10分。
この時間配分から考えても、先生と保護者との顔合わせくらいの認識だ。ただそこで、親として気になっていることを話してみた。

実はウチの息子、学校でマスクを外そうとしない。授業の時はもちろん、体育や昼休みでもマスクをつけて走り回っている。去年の運動会の時もたくさんの生徒たちがいる中で、自分の息子をマスクで見分けたと言っても過言ではない。
先生の話では、給食の時も外さず誰にも見られないようにこっそりと食べているらしいのだ。クラスの中でも、今やマスクを常時し続けている生徒はごく少数。

「せめて運動する時くらいは外しなよ」

去年からずっと言い続けているが、頑なに外さない。理由は「恥ずかしいから」。今年に入って、先生も何度か話をしてくれているらしいがそれでも受け入れようとしない。お手上げだ。

ただ思い返せば、これは息子が悪いというわけでもない。ちょうどコロナ全盛期にこども園の年長組になった息子は、マスクをしているのが当たり前の生活。どこに行くにも、何をするにもマスクは必須だった。

それがこの1年くらいでガラッと世の中の流れが変わる。急に「マスクは自由意思」となった。それまで散々「つけてください」と言ってたのに、「つけなくてもいいですよ」と指針が真逆に振れた。
世の中の変化に大人は簡単に対応できるが、こどもの中にはそうでもない子もいる。うちの子みたいに。

「自分のカラをうまく破れるといいんですけどね」

先生は言った。面談の10分間なんてすぐ経った。とりあえず、現状の確認と次回面談のある夏頃まで一緒に様子を見ましょうという話で落ち着いた。

ウチの息子にとっては、マスクが気持ちを悟られないための仮面になっているのかもしれない。
小学校という場所で戦うための仮面。
泣いていても、マスクをしていればバレない。
そんなことを前に言っていたこともある。

面談を終えて小学校のグラウンドをひとり歩く。自分のカラを破る時期…か。
先生の言葉が頭の中でよみがえる。

今年は、ちょっと踏んばりどころなのかもしれない。息子も、僕も。
振り返ると小学校の校舎が見えた。
セミが鳴く頃には、今とは少し気持ちも変わっているといいなぁ。
そんなことを思いながら車に乗り込んで小学校を後にした。

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