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カメラマンの彼

これはあたしが二十歳のときの話。彼はたしか、二十八歳くらいだったと思う。


深夜一時頃、部屋にインスタの着信音が鳴り響いた。こんな時間に誰だろう、と見るとバイト先の社員だった。びっくりした。お互いのストーリーを見合うくらいで連絡をとり合うことも電話をしたことも今までなかったのだ。バイト中は割と話すし、冗談を言い合ったりするくらいには仲良くしていたけれど、向こうは社員であたしはバイトだから、一定の距離感は保っていたつもりだった。でもお世話になっている社員からの電話を無視するわけにもいかなくて、電話に出た。もしかしたらシフトの話かもしれないし。「もしもし?」「今から会えない?」突然なにを言い出すんだろう、と思った。彼には彼女がいるというのに。「終電ないから無理です」と言うと、「タクシー代出すから来て、お願い。それかおれが愛子ちゃんち行く」と。もちろん、断った。彼は相当酔っているらしかった。その後も電話をなかなか切ってくれなくて、一言でいえば、口説かれた。彼女がいるのに、おかしな話しだけれど。本当にタイプなんだ、とか、職場でいちばん可愛い、とか、付き合いたい、とか。今までそんなことを言われたことも、そんな素振りを見せてきたこともなかったので唖然とする。「なに言ってるんですか」と笑って誤魔化すも、「本当のことだから」と酔っているくせに真剣な口調で話す彼。「いつでも誘って。今度飲み行こう」と言われたので、「いつかね」と流して電話を切った。

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